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2021年7月1日

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開沼 博 (かいぬま・ひろし)

東京大学大学院情報学環准教授

専門は社会学。1984年福島県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員を兼任。著書に『日本の盲点』(PHP研究所)、『東電福島原発事故 自己調査報告」(編著、徳間書店)等多数。

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峰 宗太郎 (みね・さとる)

米国立研究機関博士研究員

京都大学薬学部卒、名古屋大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科修了。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、2018年より現職。著書に『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(日本経済新聞出版)。

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坂元晴香 (さかもと・はるか)

慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室特任助教

札幌医科大学医学部、ハーバード大学公衆衛生大学院(公衆衛生学修士)、東京大学大学院医学系研究科(国際保健学博士)修了。聖路加国際病院、厚生労働省、東京大学国際保健政策学教室等を経て、20年4月より現職。世界保健機関(WHO)西太平洋事務局コンサルタント兼任。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下、新型コロナ)のパンデミック(世界的流行)が起きてから1年が経っても、ワクチンの効果や安全性、PCR検査のあり方、感染予防のやり方などについて、さまざまな主張や言説が入り乱れている。それは東京電力・福島第一原子力発電所事故から10年経った「福島」に関する情報でも同様だ。我々の未来を守るために必要なことは何か。公衆衛生、ウイルス学が専門の峰宗太郎氏(米国立研究機関博士研究員)、坂元晴香氏(慶應義塾大学特任助教)、そして福島の現地で活動してきた社会学者の開沼 博氏(東京大学大学院准教授)に語り合ってもらった。

「Wedge」2021年6月号に掲載され、好評を博した鼎談記事の内容を一部、限定公開いたします。全文は、末尾のリンク先(Wedge Online Premium)にてご購入ください。
JUB RUBJOB/GETTYIMAGES

編集部(以下、──) 新型コロナが流行してから今まで、専門用語への理解やその論争に振り回されている。

       峰 宗太郎 (Sotaro Mine)
米国立研究機関博士研究員 京都大学薬学部卒、名古屋大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科修了。国立国際医療研究センター病院、国立感染症研究所等を経て、2018年より現職。著書に『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(日本経済新聞出版)。写真=WATARU SATO

 世界保健機関(WHO)は新型コロナの流行当初から、世界的に市民が「インフォデミック(Infodemic)」に襲われているとしている。

 これは「インフォメーション」と「エピデミック(Epidemic:感染症の流行)」を組み合わせた言葉だ。コロナ禍では、政府機関や米国予防接種諮問委員会(ACIP)などの発する公的情報や、感染症学会などの出す準公的情報、専門家の発する情報、感染症を理解していない市民のSNSなどでの発信、政府の対策をむやみに批判し、かき乱そうとする「デマ」や「陰謀論」といったさまざまな情報が入り乱れ、市民が感染症対策の核となる正しい情報に辿り着けなくなっている。

     開沼 博 (Hiroshi Kainuma)
東京大学大学院情報学環准教授 専門は社会学。1984年福島県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員を兼任。著書に『日本の盲点』(PHP研究所)、『東電福島原発事故 自己調査報告」(編著、徳間書店)等多数。 写真=WATARU SATO

開沼 インフォデミックは、情報化の中で「専門家の知識(専門知)の民主化」がなされたことによって加速した。かつては科学的な話題について、専門家以外は語れない、専門家以外が言うことは信頼できないという前提があったが、現在は、誰もが望めば科学的な発信をできる環境が整ってきた。

 前提として、この専門知の民主化は公害・薬害をはじめとする、〝科学の暴走〟をただす上では必要だが、他方で、誤情報・ニセ科学・差別を生む土壌にもなっている。その結果、少なからぬ人が、情報の洪水の中で溺れ、何を信じるべきか分からなくなり、結果、特定の意見や思想にばかり共感する「エコーチェンバー現象」を強化してしまっている。

 日本社会がインフォデミックに襲われた最たる例が、2020年3月の第1波の流行時から継続している「PCR検査論争」だろう。PCR検査をどんな対象にどんな方法で行えばいいかについては、流行状況や一人ひとりの患者が置かれている環境などによって異なる。

 日本は第1波から新型コロナ対策の戦略の中心に「コンタクトトレーシング」、つまり、感染者を発見したら、その人と濃厚接触した「感染の事前確率が高い人」を探し出し、検査して感染者を見つけ、隔離することに置いた。当初はPCR検査の能力が不足していたが、国民一人ひとりが三密を避けるなど接触機会を減らし、ウイルスの感染経路を断ったこともあり、この戦略は奏功した。中国・武漢市や台湾、ニュージーランドなどのような大規模かつ強力なロックダウン(都市封鎖)を行わず、〝お願いベース〟の緊急事態宣言で、感染拡大を食い止めることができたのだ。

 それにもかかわらず、一部の「専門家」や素人たちが「とにかくできる限り広く検査を行うべし」と、政府の戦略を否定し続けてしまった。これによりPCR検査論争が起きた。彼らはよく「経済活動再開のためにも欧米のように不安がある人全員がPCR検査を受けられる体制を整えるべきだ」と主張するが、実は、PCR検査を無差別に広く行って、どれぐらい感染拡大を抑えられるかの研究成果は少ない。

 20年夏、人口あたり世界最多のPCR検査を行った米ニューヨーク州の感染者数は、検査数が増える前から減少していた。つまりPCR検査数増と感染者数減には強い関係はなく、ニューヨークの感染者数が減ったのは強力なロックダウンによるものだろう。彼らの主張には科学的根拠が乏しい。

 日本政府はこうした科学的根拠に乏しい主張には明確に反論し、コンタクトトレーシングを徹底するために、検査は、事前確率が高い人や、感染が広がりやすくホットスポットになりやすい場所を狙って行うのが妥当な戦略であること。そして何より、感染症対策の大原則は「ウイルスの感染経路を断つ」ことであり、「手を洗う」「三密を避ける」「人との間で距離を取る」ことより重要なことはない、ということの二つを、もっと広報すべきだった。

          坂元晴香 (Haruka Sakamoto)
慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室特任助教 札幌医科大学医学部、ハーバード大学公衆衛生大学院(公衆衛生学修士)、東京大学大学院医学系研究科(国際保健学博士)修了。聖路加国際病院、厚生労働省、東京大学国際保健政策学教室等を経て、20年4月より現職。世界保健機関(WHO)西太平洋事務局コンサルタント兼任。
写真=WATARU SATO

坂元 PCR検査に限らず、医学や公衆衛生を専門としている我々から見ると「なぜこの人が感染症対策についてコメントしているのだろう」という自称専門家が、テレビやラジオで「私の考える感染症対策」を繰り返した。特にテレビ報道は、あおり気味のほうが視聴率を取れるのか、恐怖をあおったり政府の対策を根拠なく批判したりといったスタンスが前面に出てしまった。

 こうした報道に対して、正確な情報を届けるための政府のリスクコミュニケーションも弱かった。厚生労働省や内閣府のホームページでは、新型コロナについてのQ&Aや発生状況が掲載され、西村康稔経済再生担当相や菅義偉官房長官(当時)の会見も毎日行われた。しかし、小難しい科学的根拠を羅列したスライドをただホームページに掲載しても誰しもが読んで理解してくれるわけではない。情報開示をすることと、リスクコミュニケーションは別の話だ。

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