消費者庁が3月9日、新型コロナウイルス感染症予防などをうたった健康食品を販売していた企業に対して、景品表示法違反だとして措置命令を出しました。新型コロナ関連での措置命令はこれが初めてです。
この健康食品に限らず、「このサプリで免疫力アップを」「あの食品で予防を」などのフレーズは、ニュース記事や書籍広告などで目に付きます。一時は少し減ったかなあ、と思っていたのですが、ワクチン接種が進まず変異株への不安が広がる中でまた、目立つようになってきたのかも。最初に“答え合わせ”をすると、科学的根拠、エビデンスを持って新型コロナに「効く」と言える食品・サプリメントは、やっぱりありません。
そんなことはわかっているはずなのに、どうして私たちは心引かれてしまうのか。「効く」情報のカラクリと、本当に参考にすべき情報源を解説します。
(1) 消費者庁の措置命令
消費者庁が3月9日、マクロフューチャーに対して、景品表示法に基づく措置命令を出しました。
同社は、「マクロ元気」「マクロ元気乳酸菌1250億プラス」という2商品を、自社ウェブサイトや楽天市場、ヤフーショッピング等で販売。「LPSは、マクロファージを活性化し免疫力を高めます」などと表示していました。LPSは製品に含まれるリポポリサッカライドのことです。この段階では、新型コロナとか感染症という言葉は使っていません。しかし、購入者に商品を送る時に同封したチラシで新型コロナに触れ、「『免疫』と『防疫』で、感染症対策!」「STOP! CORONA」「免疫力アップでウイルスに負けない!」などと記載していました。
消費者庁は、同社が表示の裏付けとして提出した資料を「合理的な根拠を示すものとは認められない」として、景品表示法違反と判断し、措置命令を出しました。
消費者庁は「新型コロナウイルスに対する予防効果を標ぼうする商品等」の表示に問題のあるものに対して改善を要請し、2020年3月から計4回にわたって、市民にも注意喚起をしています。新型コロナウイルスはその性質が明確ではなく、ウイルスを用いたヒト試験も当然無理。健康食品や一般食品、除菌水や空気清浄機等、どの商品についても根拠は薄く、景品表示法及び健康増進法違反の恐れがあると説明しています。
(2) インフルエンザに効くなら新型コロナも、とは言えない
国立健康・栄養研究所も「現時点で、新型コロナウイルス感染症に対する予防効果が確認された食品・素材の情報は見当たりません」との見解です。
困ったことに、「同じようなウイルスにより発症するインフルエンザや風邪予防に効くのなら、新型コロナにも効く可能性がある。食べよう……」というロジックを発動している識者の発言やニュース記事もあります。しかし、新型コロナウイルスと、インフルエンザや風邪を引き起こすウイルスは別物。同様の食品が効く、という保証はありません。
それにそもそも、食品・素材によるインフルエンザや風邪の予防効果もはっきりしません。国立健康・栄養研究所が多数の論文等を集めて検討し、表にまとめています。
あれほど、効くという記事が目立つ乳酸菌でさえも、はっきりしません。ビタミンDは効果ありという論文と効果なしの論文の両方がある状態。納豆やみそ・大豆はそもそも、報告がありません。
この表で「論文」と認められているのはヒトでのランダム化比較試験(RCT)の結果です。試験の参加者をランダムに2つの群に分け、片方には効果を確認したい成分を含む食品・飲料を摂取させ、片方にはその成分を含まず、外見や味、食感などがそっくりで区別がつかない「プラセボ」の食品・飲料を同様に食べてもらい、効果を比較します。成分を含む群で効果が大きく、プラセボ群と統計学的に有意な差がつけば、「効果あり」と判断できます。
(3)試験の信頼性にはレベルがある
試験には図のようにさまざまな種類がありますが、動物試験や試験管内の細胞試験で効果があったとしても、人での効果は不明。何万人もの食生活を調査し、この食品を多くとっている人は高血圧症の割合が低いなどという疾患との関係をみる「横断研究」、あの食品を多く食べている人は10年後、糖尿病にかかっている割合が低い、というような一定期間後の結果を調べる「前向きコホート研究」もよく話題に上ります。しかし、これらも因果関係の有無までは突き止められません。RCTを行うと、「この食品成分のおかげでこの効果」という因果関係が見えてきます。
また、RCTの質もさまざまあり、たとえば十数人の被験者を対象にRCTを行いました、という結果では、信頼度は低いのです。品質の高いRCT、しかも、異なる研究者によるRCTが多数行われ、企業による利益相反のないRCT(効果が出れば利益が得られる企業が関わっていない試験)もあり、それらをまとめて解析するシステマティックレビューやメタアナリシスの末に「効果あり」となれば、信頼性が高く尊重されるべきとなり、国の食事ガイドライン等にも反映されることになります。
「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)に掲載されている栄養素は、多数のRCTがありシステマティックレビューやメタアナリシスも行われています。特定保健用食品や機能性表示食品もRCTが行われていることが最低条件です。ただし、RCTの質まで見ると、低いと言わざるを得ない製品が多数あります。
インフルエンザ・風邪の研究においては残念ながら、質の高いRCTは非常に少なく、この食品に効果がある、というような判断はまだできないのが実情です。
(4)大学と企業、メディアの共犯関係がある?
にもかかわらず、食品の新型コロナ予防への期待は消えません。そして、それを煽る情報が存在します。一例を示しましょう。「柿渋」の顛末です。
奈良県立医科大学が公表している不活化を確認したという方法は、試験管内でウイルス液と柿渋をなめた後のヒトの唾液を混合し10分接触させた後にウイルスの状態を確認したものです。柿渋をなめた後のヒトの口の中や喉で、柿渋がどの程度の量、どれくらいの時間存在するか、確認していません。口や鼻から入ったウイルスが、残っている柿渋とどの程度の確率で接触するかもわかりません。
前出のエビデンスの判断の図においては、試験管内での細胞を用いた試験に相当します。これを基に「柿渋が新型コロナに効く」というのは無理がありすぎる、と私は思います。
消費者庁も当然、奈良県立医科大学の発表も踏まえて、景品表示法、健康増進法違反の恐れありの事例に付け加えたはずです。
しかし、エビデンスの質等を無視して大学が発表しメディアが報道し、企業が開発し、それを大学が「共同研究の結果」として発表しているのです。このカラクリは、柿渋だけでなく乳酸菌や緑茶などさまざまな食品情報に見え隠れします。私には、三者が共犯関係に陥っているように見えます。そもそも、このレベルの研究発表を大学はすべきではない、と考えます。
(5)根拠のない食品の摂取には問題がある
ここまで読んでくださった皆さんは、心の中でこう思っているのでは。
私は、少しでも可能性があるものは食べたりサプリメントも摂取したりして、新型コロナやインフルエンザを予防したい。現時点でエビデンスがなくても、これから研究が増えて行くだろう。その前に新型コロナやインフルエンザにかかって命を落としたら、元も子もない。だから、まだ研究が進んでいなくても摂りたい。そもそも、ヨーグルトや納豆をたくさん食べてなにが悪い? 柿渋だって渋柿に含まれるものなのだから問題ないでしょう?
まず、過剰摂取の問題がつきまといます。「健康によい」と毎日摂るため、過剰になりがちで有害性が出やすいのです。また、目的の成分以外の成分を知らない間に摂ってしまう場合もあります。
仮に柿渋入りの飴を、とにかく新型コロナウイルスを防ぎたいと舐めていたら? 糖分摂取量が増え、血糖値への影響はもちろんのこと、歯への影響がかなり大きくなるでしょう。たかが虫歯、ではありません。とくに高齢者の虫歯悪化が健康管理の大きなリスクとなることは、最近よく知られてきました。柿渋に、そうしたリスクを上回る効果があればよいでしょうが、不明の間は、簡単に推奨することは許されません。
ヨーグルトや納豆はバランスのよい食生活に積極的に取り入れたい食品ではありますが、それらをたくさん食べる場合には、どの食品が減るか、も考える必要があります。人の胃袋は急には大きくなりません。なにかを積極的に食べようとすると必ず、なにかの摂取が減っています。仮に納豆を毎食食べるようになって肉が減ったら、納豆はビタミンA(レチノール)やビタミンDを含まない、という点が問題となるかもしれません。緑茶を積極的に飲む代わりに牛乳を飲まなくなったら、カルシウム摂取が不足します。
医薬品との相互作用も軽視できません。ビタミンKやそれを多く含む食品(納豆やブロッコリー、クロレラなど)を多く摂っていると、抗血栓薬ワルファリンの効き目が下がるのはよく知られています。ほかにも、食べ物との相互作用に注意しなければならない医薬品は少なくありません。そうしたことをすべて把握したうえで、私たちは薬を飲んでいるでしょうか?
もう一つ、効かない食品や健康食品・サプリを積極的に摂る重大問題は、財布への打撃。とくに健康食品・サプリメントは概して高価です。
(6)まず見るべきはHFNet
では、食品の効果についての情報に接して気になるときは?
前述の国立健康・栄養研究所が情報を集約して発信しているデータベース『「健康食品」の安全性・有効性情報』(HFNet)でチェックするのが最適です。
さまざまな食品・健康食品・サプリメント一つ一つについて、有効性や安全性に関する情報を、文献に基づき解説しています。
有効性については、RCT以上でないとエビデンスとしては認めず、中身を精査したうえで記述しています。システマティックレビューやメタアナリシスがあるものについてはその結果を尊重し、ない食品やサプリメントについては1つずつ、いわば簡易なシステマティックレビューを実行しているようなものなのです。
携わるのは千葉剛・食品保健機能研究部長以下3人の所員と10人の補助員。所員はそれぞれ薬学、看護学、栄養学等のエキスパートで企業からの研究支援は受けていません。補助員も管理栄養士などの資格を持ち、エビデンスを重視し作業を進めています。
千葉部長は「専門家の意見も随時聞いて、責任を持って記述するようにしています」と話します。その結果が、「新型コロナウイルス感染症に対する予防効果が確認された食品・素材の情報はない」であり、インフルエンザ・風邪予防に関する表です。この情報源を利用しない手はありません。
以前は、薬剤師や医師、管理栄養士等のプロフェッショナル向けの情報が多かったのですが、近年は一般市民向けのコラムが増えてきました。多数の論文を集め読み込んで判断する高度な力量と、一般の市民にわかりやすく説明するスキルが必要です。そのため、このデータベース運用には相当なコストがかかり、厚生労働省、消費者庁の事業費も得て運営されています。
消費者庁は冒頭で紹介したように、景品表示法と健康増進法に違反する表示・広告の取締りを行っています。科学的根拠を持った取締りをするには、消費者庁だけでなく専門家による厳しい検証、つまりセカンドオピニオンが必要。その事業費が、違反の摘発だけでなくこうして、ウェブサイトのデータベースでの一般市民に対する情報提供に活かされています。
データベース公開が始まった2004年度から近年まで、事業者からの抗議などで運用に苦労している、という話が、外部の人間である私にも、もれ伝わってきていました。訴訟をちらつかされた時期もあったようです。しかし、エビデンスを基に科学的に記述するスタンスを貫きました。最近は事業者にも(3)のエビデンスのレベルなどが理解されてきているらしく、千葉部長は「健康食品・サプリは、大手の製品を中心に、表示も品質も大きく改善してきた」と評価します。
一方で、問題のある製品も依然として多く、消費者庁は新型コロナウイルス予防について改善要請を重ねています。違反の可能性ありとした表示例を見ると、ビタミン類や亜鉛、ハーブ、はちみつ、青汁、各種のお茶、納豆、きのこ、水素水などの食品、それに免疫力や抗酸化力など、おなじみとも言える定義のはっきりしない非科学的な惹句(じゃっく)が並んでいます。
HFNetも、新型コロナ関連の情報だけでなく、感染症予防とプロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌など)の関係、青汁の健康効果など、一般市民向けの情報を立て続けに公開、更新しています。
ニュースや広告宣伝に惑わされるのはもう止めませんか? 千葉部長は「感染症予防には、バランスのよい食事で良好な栄養状態を保つことがもっとも有効です」と話します。「消費者にもっとわかりやすく、検索しやすくなるように、データベースの形式や文章など改善してゆきたい。話題の食品、ダイエット法など、ニーズに応える情報を発信してゆく」とのこと。迷ったら、HFNetをチェックしましょう。
消費者庁・マクロフューチャー株式会社に対する景品表示法に基づく措置命令について
消費者庁・新型コロナウイルスに対する予防効果を標ぼうする商品等の表示に関する改善要請及び一般消費者等への注意喚起について
国立健康・栄養研究所・「健康食品」の安全性・有効性情報
国立健康・栄養研究所・【新型コロナ|一覧】感染予防によいと話題になっている食品・素材について (更新中)」
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