2022年12月4日(日)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年7月16日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 20万年前に誕生し、家族単位の小さな集団を作って狩猟採集生活をしていた人類は、1万年前に農業を始めることで定住生活に入った。農業に最も必要なものは優良な種子である。小麦は西アジア、コメは中国南部、トウモロコシはメキシコに自生していた野生植物の中から、食用部分が大きく病気に強いなどの優秀な性質をもつ植物を選別することで農作物にしたものだ。

 この「育種」は現在も続いているが、コメの新品種を作るのに最低7~8年かかると言われるように非常に長い時間がかかる。しかも時間をかけても必ずしも優秀な作物ができるとは限らない。

遺伝子組み換えへの「反対」は根強い(AP/アフロ)

 この問題を解決したのが遺伝子組換え技術(GM)だ。作物の性質は遺伝子が決める。だから優秀な性質を作る遺伝子を別の作物に入れてやれば、短時間で確実に優秀な作物を作ることができる。

 1万年の間、人間が続けた育種に革命が起こったのだ。そして、この技術は実用化され、すでにさまざまな新種の作物が作られている。しかし、GMは農業者に受け入れられている反面、消費者には受け入れられていない。その理由を技術活用の経緯から紐解いてみたい。

害虫と雑草の被害を減らす

 GMの代表的な技術活用は「害虫抵抗性作物」と「除草剤耐性作物」である。

 農業の大敵は害虫による食害で、毎年大きな被害が出ている。これを防ぐために殺虫剤を散布しなくてはならないのだが、それは環境問題を引き起こす。

 そこで、殺虫効果があるBtタンパク質の遺伝子を微生物から取り出して作物に導入したところ、作物がBtタンパク質を作り、食害がなくなったのだ。Btタンパク質は生物農薬として30年以上利用された歴史があり、特定の昆虫には有毒だが、ヒトや動物には害がない。こうして害虫抵抗性GMができたため、殺虫剤の使用量は大きく減り、農家の労働も大幅に削減された。

 農業のもう一つの大敵が雑草だ。除草剤を散布すると農作物も枯れてしまうので、雑草だけを除去する面倒な作業が必要だ。この問題を解決したのが除草剤耐性GMである。

 安全性が高く有効性も高いため農業現場で広く使われているグリホサート、商標名ラウンドアップという除草剤は、植物が持つ酵素の働きを止めることで植物を枯らす。だからグリホサートにより阻害されない酵素の遺伝子を導入すれば、グリホサートでは枯れない作物ができるのだ。こうして、除草剤を散布すると雑草だけが枯れて、作物には何の影響もない、そんな夢が実現したのだ。

 さらに、一つの作物に両方の遺伝子を入れることで、害虫抵抗性と除草剤耐性の両方の性質を持つ「スタック(積み重ね)」と呼ばれるGMが完成した。これらは世界中に広がり、その栽培面積は年々増加して、世界で栽培されるトウモロコシの31%、大豆の74%、ナタネの27%を占める。また除草剤耐性はGM全体の43%、害虫抵抗性は12%、スタックは45%である。

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