英国のジム・オニール貴族院議員(2015~16年に財務省政務次官、経済学者でBRICsの用語を生み出したことで知られる)が、リズ・トラス新首相は保守党首選挙に勝つために減税と規制緩和という右派の伝統的経済プログラムを約束したが、首相としては喫緊の課題に焦点を当てる必要があると、9月6日付けフィナンシャル・タイムズ紙掲載の論説‘What Liz Truss Must Do’で論じている。論説の主要点をかいつまんでご紹介すると次の通り。
・トラスが残り2年数カ月以内に行われる次の総選挙で生き残るためには、多数の政策上の課題に取り組み、分裂した保守党をまとめ、更に多くの国民の支持を獲得せねばならないが、容易でないであろう。
・18万程の保守党員に取り入るために、トラスは「現代のマーガレット・サッチャー」を装い、個人およびビジネス税の削減と規制の緩和を主張したが、トラスのパフォーマンスと政治的将来は極めて短期間に判断されることとなろう。
・彼女の実績で目立つ一つの特質は「順応性」、もう一つの特筆は「柔軟性」だ。
・次の総選挙で勝つには、単に「順応性」がある以上のことをやる必要がある。合理的な分析に基づく政策ポジションを受け入れる必要があるが、そうすると、減税と規制緩和という彼女の選挙プログラムを放棄しなければならなくなろう。
・保守党の過半数達成にはイングランド中部・北部およびウェールズの「赤い壁の選挙区」(伝統的に労働党が強い)における議席の獲得が不可欠だが、この地域の有権者の多くは、公共サービスを改善するために更なる規制と増税を間違いなく支持するであろう。
・トラスが減税と規制緩和を選好することは構わないが、それが生活費の危機のような差し迫った問題についての必要な行動を妨げるべきではない。彼女がそのことを正直に語れば、保守党の有権者は四囲の状況から止むを得なかったことを理解するであろう。他方、単に有権者に取り入るのではなく英国が最も緊急に必要とする生産性の向上に正面から焦点を当て、それを何とか実現できれば、彼女はサッチャーやブレアよりも長く首相を務められるかも知れない。
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この論説はトラスの特質として順応性と柔軟性に注目しているが、彼女の党首選挙での勝利での重要な要因は政治的な野心だったのではないかと思われる。彼女は若い頃は自由民主党にいたが、その後保守党に鞍替えした。
Brexitの国民投票の当時は残留派だったがその後Brexit支持に転向し、今やBrexit支持の頑強な右派のチャンピオンの如くである。これらは、彼女の野心を示す好例のように思われる。
この野心に裏打ちされた強さに加え、党首選挙に勝てた要因に彼女の陽性な性格があろう。対抗馬のスナク前財務相がトラスの主張する減税はインフレを昂進させる、財源を欠いた減税が経済成長を通じて負債を清算するという主張は「おとぎ話」だと主張し、英国が向き合うべき厳しい選択を説いたのに対し、トラスは「衰退論者の議論には同調しない」と言い、英国にはこの先最良の日々が待っているとの議論で応酬した。この一種の楽観論は保守党員一般に訴える上で有効だったように思われる――彼女は下院議員による投票ではスナクの後塵を拝したが、党員一般の投票で逆転した。