2022年12月9日(金)

Wedge SPECIAL REPORT

2022年10月1日

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梅沢正邦 (うめざわ・まさくに)

経済ジャーナリスト

1949年生まれ。71年東京大学経済学部卒業。東洋経済新報社に入社。『金融ビジネス』編集長、『週刊東洋経済』副編集長を経て、2001年論説委員長。09年退社。

 「Wedge」2022年10月号に掲載されている特集「諦めない経営が企業をもっと強くする」記事の内容を一部、限定公開いたします。全文は、末尾のリンク先(Wedge Online Premium)にてご購入ください。
米ワシントン州モーゼスレイクにあった三菱航空機の飛行試験拠点(写真は2019年) (AVIATION WIRE/AFLO)

 そう遠くない昔、この国の勤労者は大半が「会社命」だった。あの企業との一体感、エンゲージメント(従業員の仕事に対する熱意)はどこへ行ったのか。2022年のギャラップ社の調査によれば、日本の従業員のエンゲージメントの度合いはわずか5%。米国の35%はもちろん、中国の18%にも遠く及ばない。日本の5%は、世界平均21%の4分の1以下なのである。

 さらにパーソル総合研究所がアジア太平洋州14カ国・地域を対象にした調査では、「現在の勤務先で働き続けたい」と考える日本人の割合は52%で14カ国中最下位。インド、ベトナム、中国のそれは80%以上となっている。

「選択と集中」によって
「捨てる」「諦め」てきた日本企業

 背景には、日本の企業が終身雇用制を放棄し、「選択と集中」と称して、多くの事業を「諦め」、切って捨てた事実がある。捨てる経営がいい経営、と讃える風潮さえあった。なるほど事業を「捨てる」のは企業には効率的な「選択」なのだろう。が、現場の勤労者にとっては「すべて」の喪失なのである。

 「日本的経営」の強さは現場力だった。強い現場は「考える現場」である。日々、知恵を絞り、カイゼンし、また考える。現場にとって、事業は日々の実践であり、生きがいであり、人生そのものだ。その事業が目先の利益のために、あっさり捨てられた。現場が白け切るのは、当然すぎるほど当然だろう。

 日本の半導体産業は1986年、世界トップに立った。そこから先、坂道を転げ落ちるように、縮小と衰退の道をたどった。当時の半導体のリーダーはNEC、日立、東芝、松下電器という総合電機である。重電(発電プラント)や家電というドル箱が安定的に稼いでくれるのに対し、半導体はシリコン・サイクルに翻弄される。数百億、数千億円の投資を余儀なくされ、巨額の赤字リスクに晒される。経営者たちは現在の安定を選択し、将来の可能性を「諦め」てしまった。

 87年、まさに日本が半導体トップに立ったその翌年、半導体の大投資を決断する李健煕がサムスン会長に就任し、モリス・チャンが台湾積体電路製造(TSMC)を創設する。半導体が決定的な新時代に入ろうとするその時、日本の「諦め」が始まった。韓国や台湾に走った日本の半導体技術者は「裏切り者」との罵声を浴びた。順番が逆だろう。経営側がまず、事業を諦め、現場の技術者たちを裏切ったのである。

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