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Wedge SPECIAL REPORT

2022年9月21日

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 諦めなかった結果、いま大輪の花を咲かせようとしている、がんの治療用装置がある。東芝エネルギーシステムズが開発した世界最小の「重粒子線治療装置」だ。

 そもそも、重粒子線治療とはどのようなものなのか。がん治療は、①がん細胞を手術などによって直接切り取る「外科治療」、②抗がん剤を投与する「化学療法」、③X線などの光子線を照射することで、がん細胞を死滅させる「放射線治療」が一般的だ。

 重粒子線治療は、③放射線治療の一つで、炭素イオンを光速の70%まで加速させ、この粒子線をがん細胞に照射するというもの。通常、X線などは、線量が最も高いのが皮膚の表面で、体内のがん細胞に到達したときには低下するほか、通り道の正常組織の限界線量を考慮する必要がある。

 一方で、重粒子線治療の場合、がん細胞に到達する位置で線量が最大となり、読んで字の如く質量が大きく拡散しない特徴があるため、他の細胞を傷つけない。同じ粒子線でも「陽子」を使うことが欧米では一般的(装置の小型化が容易であるため)だが、炭素イオンは陽子の12倍の質量があるため、より治療効果が高いとされる。

 さらに、治療期間が短いというメリットもある。例えば、前立腺がんでは、X線治療の場合、35~39回の照射が必要となるが、重粒子線治療の場合、12回で済む。

照射回数が少ない重粒子線治療

 重粒子線治療のアイデアは1940年代に米国で提唱され、実験が進められたが、断念したという歴史がある。これに対して、日本では84年に「対がん10カ年総合戦略」が策定され、HIMAC(医療用重粒子線がん治療装置)プロジェクトがスタートした。当時の放射線医学総合研究所(現・量子科学技術研究開発機構〈QST〉)と、東芝など民間企業が協力して装置の開発が進められた結果、94年に世界で初めて運転開始にこぎ着けた。

 これまで国内での重粒子線治療を受けた患者数は累計で2万9875人(21年8月末時点)に上る。世界では中国、ドイツ、イタリアなどで13基が稼働中で、そのうち7基は日本だ。現時点で、新規建設中が5基、20基以上の建設が計画されている。

世界最小の装置
初めて開発できたのはなぜか

 重粒子線治療装置にとってネックとなっているのが、その大きさだ。重粒子を加速させる主加速器(シンクロトロン)は直径20㍍ほどになる。また、大きさとともに、照射の仕方が問題になる。というのも、固定式の照射であれば、重粒子という強力な放射線であるだけに、斜めに照射したい時には、外すことのないように、治療台を傾けるので、患者もつらい体勢の維持が必要になる。これに対して、患者を中心にガントリーを回転させ360度のあらゆる角度から照射できるようにすれば、それらの問題がクリアになる。しかし、そうすると回転ガントリーの機構自体、巨大なものになってしまうのだ。事実、重粒子線の回転ガントリーを世界で初めて作ったドイツの施設のものでは、その全長が25㍍にもなった。

 回転ガントリーにおいて、小型化のブレイクスルーとなったのが、東芝が培ってきた「超電導技術」(極低温にすることで電気抵抗がゼロになる)だった。超電導磁石を冷却するには、液体ヘリウムを使用することが一般的だが、その分コストも高くなる。そこで、東芝では液体ヘリウムを使わない方法を開発した。世界で初めて回転ガントリーに超電導技術を使用することで小型・軽量化を実現した。常電導を使用した装置に対して、ガントリーを約3分の1、全長9㍍にした。シンクロトロンについても、この超電導技術を使うことで、7㍍まで小型化するべく現在、開発を進めている。

 この小型回転ガントリーは22年から山形大学で運用が開始されており、23年には韓国・延世大学、25年にはソウル大学への納入が決まっている。

回転ガントリー照射室。手前の治療台に患者が横たわり、重粒子線が照射される (YAMAGATA UNIVERSITY)

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