実際、治療法も変わっている。重粒子を照射される時間は2分弱。「痛みもありませんから、患者さんは何が起きているのか気づきません」と話すのは、山形大学大学院医学系研究科講師で医学物理士の想田光さん。医学物理士は、放射線治療に欠かせない存在だ。医師はがん細胞の位置を特定し、傷つけてはいけない健康な部位を決める。これに対して、医学物理士が、入射角や、どのくらいの時間、線量で照射するのか具体的な方法を決める。それを、放射線技師が実行するという役割分担になっている。「東北地方の重粒子線治療の拠点となるとともに、大学として先端治療の教育に力を入れていくことになります」と想田さん。「想田先生は、医師とわれわれメーカーのつなぎ役です」と、浅野さん。医師が考える治療法と、それを実現するための技術。両面が分かる想田さんのサポートが欠かせないというわけだ。
重粒子線による治療費は、先進医療に位置付けられている症例の場合は、一律で314万円。ただし、何度治療を受けても同額であり、民間保険の先進医療特約に加入していれば、全額保険で支払い可能だ。保険適用されている症例では、前立腺の場合160万円、頭頸部、骨軟部などについては237.5万円で、保険証によって1~3割の負担額となる。また、高額医療費制度も適用される(実際にはこれ以外に診察費、検査費などがかかる)。
照射室は、21年2月に運用が開始された「固定型」と、22年5月からの「回転ガントリー型」がある。固定型では、がんの部位がずれない前立腺がん用に主に使用されている。山形県内には年間約900人の前立腺がんの患者がいて、このうち3分の1が、この重粒子線治療を受けているという。
重粒子線治療の治療部位の種類と比率
さらなる進化に向けて
技術と人を育てる
回転ガントリー型の照射室の奥にある扉を開けると、とんでもない巨大装置が目に飛び込んでくる。全長9㍍、200㌧の回転ガントリーの機構部分だ。これでも世界最小の大きさなのだ。ドラム状の側面には緑色のアームが取り付けられている。これこそが小型化を実現させた超電導磁石であり、東芝が世界で初めて実現させた、まさに、世界に誇る〝日本固有の技術〟だ。
「では動かします」と、浅野さんがスイッチを入れると、この巨大ドラムが回転し始める。もはや宇宙船の動力源に見えてくる。
「ドラム部分はボルトで固定しているように分解して運ぶことができるのですが、回転リングはそのまま運ぶ必要がありました。京浜工場から仙台港まで船で運搬して、その後は陸路だったのですが、トンネルをギリギリ通せる大きさにする必要がありました」(浅野さん)。
照射室と反対側の回転ガントリーには、シンクロトロンから送られてくる重粒子を運ぶパイプが取り付けられている。地下1階のシンクロトロンから地上2階の照射室まで、巨大磁石が連結されたパイプが走っている。
地下1階のシンクロトロンも直径20㍍と巨大だ。おおむね「9」の形をしていて、円形部分で炭素イオンが加速されて重粒子となる。「1秒足らずで、高速の70%の速度まで加速します」(浅野さん)。「炭素イオンを発生させるメタンガスのボンベです。これで10年くらい持ちます」(想田さん)。こちらは、スキューバダイビングの酸素ボンベよりも一回り小さいくらいの大きさで、ほんの少しのガスがあれば事足りるそうだ。このシンクロトロンにも超電導磁石が使われるようになれば、7㍍までにコンパクト化することが可能になるという。
想田さんによれば、「診察時間を延長するなどすれば、より多くの患者さんに利用してもらうことが可能となり、病院の収益にもつながりますが、そのためにも医師、医学物理士、放射線技師、看護師ともに必要な人材を確保していく必要があります」。人材育成も含めて山形大学にかかる期待は大きいと言えそうだ。
かつては日本企業から世界初の新しいサービスや商品が次々と生み出されたが、今や見る影もない。その背景には、「選択と集中」という合理化策のもと、強みであった多くの事業や技術を「諦め」てきたとの事実が挙げられる。バブル崩壊以降の30年、国内には根拠なき悲観論が蔓延し、多くの日本人が自信を喪失している。だが、諦めるのはまだ早い。いま一度、自らの強みを再確認して、チャレンジすべきだ。