ロシアによるウクライナ侵攻から4カ月以上が経ち、世界では食料危機が叫ばれている。
日本でも、国内メーカーの値上げラッシュや家計への影響などが盛んに報道されるようになった。不安を煽るメディアによって、消費者がパニックとなり、コロナ禍におけるマスク買い占め騒動のような事態にならぬよう、まずは冷静に足元の状況を見て、昨今の情勢と向き合わねばならない。
筆者のもとにも、さまざまなメディアの記者が取材に来るようになった。その際、筆者は必ずこう聞く。
「2008年に〝食料危機〟で大騒ぎになったことを覚えているか?」
ところが、多くの記者が「覚えていない」と口をそろえるのだ。
当時は、北海道洞爺湖において、第34回主要国首脳会議(サミット)が開かれ、食料価格の高騰が重要課題の一つとなった。ブラジル・ロシア・インド・中国(BRICs)に代表される新興国の穀物需要が増加したことに加えて、トウモロコシを燃料にするバイオエタノールの需要が高まったことで、米国の穀物生産がトウモロコシに偏り、大豆や小麦の価格も高騰した。
このときのサミットは「G8」、つまりロシアも参加していた。そのロシアが起こした戦争によって引き起こされたとされるのが現在の〝食料危機〟だ。小麦の輸出量は、ロシアが世界第1位で3727万㌧、「欧州のパンかご」とも称されるウクライナも1806万㌧で同5位(20年)である。
小麦の主要生産・輸出国
石油価格の上昇もある。米国における穀物価格の推移をみると、石油価格が影響していることが分かる。石油価格の上昇はエタノール需要の増加に直結するため、トウモロコシの価格も上昇し、生産や消費面で代替関係にある大豆や小麦の価格も上昇するからだ。
だが、思い出してほしい。原油のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)価格は08年7月に最高値を記録、同年2月には小麦価格も最高値を記録していた。ところが、相場が上昇基調にあったことから世界中で小麦の作付けが増え、年末には価格が半減した。穀物価格は、天候、投機、需給など、さまざまな要因で変動する。いわゆるコモディティ価格の上昇は「繰り返される歴史」でもある。
しかも、穀物価格の基本的なトレンドとしては、一貫して下落している。なぜなら、世界人口は1961年から2020年の間に2.5倍になったが、小麦やコメの生産量はそれを上回る3.5倍に増えたからだ。小麦の実質価格(物価変動を除いた価格)で見ると、高値といわれる現在でも、1970年代よりも低い水準となっている。
とはいえ、中東やアフリカ諸国のように所得における支出の大半が食料にあてられる途上国にとっては、今回の危機は深刻だ。ただ、日本と途上国とでは状況が異なる。
われわれ日本の消費者が輸入農水産物に支払う金額は、飲食料品支出額の2%だ。小麦に限っていえば、わずか0.2%である。支出の大半は加工・流通・外食である。今すぐ日本で穀物が買えなくなるなどと考えることはナンセンスだ。大騒ぎになった08年でも、消費者物価指数は2.6%上昇しただけだった。