2023年1月30日(月)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年10月12日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 東電によれば、タンクに貯蔵されている処理水にはトリチウムが約780兆ベクレル含まれている 。事故前の福島第一原発のトリチウム放出管理目標値は年間22兆ベクレルだったので、処理水の放出はこの値を上限とする計画であり、単純計算ではすべてを放出するのに数十年かかる。

「トリチウムを検出できる線量計」はない

 本題に入り、筆者は東京新聞がどんな事実をもって「印象操作」と断じているのか全く理解ができない。まず考えられるのが、見出しでも本文でも批判している「トリチウムを検知できない線量計」を使ったことである。しかし、これは「印象操作」の根拠にはなり得ない。そもそも野外で使用する線量計でトリチウムを検出できるものなどは存在しないからだ。

 東京電力の「処理水ポータルサイト」には以下のように書いてある 。『トリチウムが出す放射線は弱いベータ線のため、直接測定することができません。そのため、放射線が当たると微弱な光を発する薬品(シンチレータ)を加え、その光の量を測定する特別な分析方法で濃度を確認します』。そして測定試料の調整に一昼夜かかるとも書かれている。

 また東電の反論には以下のように書いてある 。『ALPS 処理水に含まれるトリチウムが出すベータ線は、紙1枚で遮られるほどエネルギーが弱く、処理水サンプルキット(ボトル容器)でベータ線が遮られること。従って、仮にベータ線を計測できる線量計で測定したとしても、放射線量を現場でお示しすることは難しいこと。また、説明時に使用しているガンマ線を測定する線量計では、ベータ線は測定できないこと。これらを、フリップおよびガンマ線を測定する線量計等でご説明しています』

 東京新聞の記者は9月14日に視察したそうだが、その時に東電はフリップを使って「トリチウムは線量計で測定できない」ことを説明しているのだ。それでもなお「トリチウムが検知できない線量計」を使ったことを批判することは、不可能を求めている、すなわち単なる言いがかりにすぎない。この記事を書いた記者と、これを1面トップに持ってきた編集長には「東電が危険なものをごまかそうとしている」という印象を広める意図があったとしか考えられない。

「測定できない」ことの意味

 東京新聞が「印象操作」と断定しているのは次の文章である。『専門家が指摘する通り、東電の実演では、ベータ線についてもガンマ線についても、何ら検証をしたことにならない。確認のため、記者が放出基準の約19倍の放射性セシウムを含む水に、実演で使われたのと同機種の線量計を当ててみたが反応はなかった。にもかかわらず、こんな手法で処理水の安全性を強調したのでは「印象操作」「うそ」と受け取られても仕方ない』

 これについて東電は次のように説明している。『ボトル容器表面を線量計で測定する(針が振れる)には、ボトル容器内の水のセシウム 137 の濃度が、計算上では約 4000 ベクレル/㍑(告示濃度限度 90 ベクレル/㍑の約 44 倍)以上あることが必要となりますが、ALPS で処理後の水の中には、外部被ばくするようなレベル(約 4000 ベクレル/㍑)の放射性物質は残っておらず、そのこともフリップでご説明しています』

 東電は、視察のときに使った処理水サンプルには放出基準の約15倍のトリチウムを含むことを明言し、しかしそれは線量計では測定できないこと、セシウムについても放出基準以下の少量であるため、やはり線量計では測定できないことを説明している。そして、この説明を補完するために、実際に線量計の針が振れないことを示したのだ。


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