「これは会う価値があるよ。僕が言ったように、あなたは年間100万ドルを稼ぐことができるんだ。いまだって10万ドル持っている。でも、これは今じゃなきゃだめなんだ」
フォグルの執拗な誘いをベテラン捜査官は一度は断ったという。しかし、間髪入れず、フォグルからまた電話がかかってきた。
「あなたの向かい側の公園の階段のところで会おう。あなたが見えるよ。そこで待つ」
時間はすでに午前0時を回り、日付は14日になっていた。フォグルはリュックサックを持ち、ジーンズとチェックのシャツのラフな格好で現場に現れた。一見すると、どこにでもいる若者ふうだが、ブロンドのかつらをかぶって変装していた。
フォグルは本気で海千山千のベテラン捜査官を金で釣ることができると思っていたのであろうか? 直接会ったとき、どんなやりとりが行われたかは定かではない。フォグルを引き寄せた時点で、FSB側の勝利は決まった。
まもなくフォグルはこのベテラン捜査官自身に取り押さえられた。公園のまわりに待機していたFSB捜査員がやってきて、一部始終を写真と映像で撮影し始めた。つまり、ベテラン捜査官は最初から、フォグルを現行犯で捕まえるべく、仲間を配備させていたのである。現場には約20人以上の捜査員と覆面カー数台が終結していた。
編集された公開映像ではフォグルは最後まで一言も発していない。決して暴れたり、取り乱したりもせず、淡々とFSB側の指示に従っている。
連絡は「Gmail」で?
リュックサックに、フォグルはたくさんの「スパイキット」をしのばせていた。
2つのかつらと3つのサングラス。軍事用コンパスとモスクワ市内の地図、ナイフに懐中電灯、そして、隠しカメラ…。封筒には多額の500ユーロ(6万6千円)紙幣が入っており、さらには、パソコンで作成されたとみられるロシア語表記の勧誘ビラもあった。
協力者を対象にした「親愛なる友人へ」で始まるこの勧誘ビラは公開され、ロシアのメディアは一字一句を余すことなく報じた。多額の500ユーロの紙幣は「今後の協力に感謝するための前金」なのだという。
「報酬は、あなたが特定の質問に答える意思があるのなら増額されうる。それに付け加え、長期間の協力には年間100万ドルの報酬を用意することができる。もし、われわれが有益な情報を受け取ったのなら、特別ボーナスもある」