ボストンテロ事件は、北カフカスにルーツを持つチェチェン系のツァエルナエフ兄弟が被疑者だった。銃撃戦の末、死亡した兄タメルランは昨年、北カフカスに住む両親のもとを訪れ、イスラム過激派と接触していたとの情報がある。ロシアは、関連情報をアメリカに送り、警戒を促した。しかし、結局、アメリカはテロを防げなかった。テロの脅威にさらされたアメリカは、次なる有事を未然に防ぐため、北カフカスの情報を必要としていた。
フォグルは、勧誘しようとしたベテラン捜査官が、北カフカス情勢のエキスパートであることを把握していたに違いない。そして、公開されなかった盗聴の会話の中で、熱心にその重要性を説いていたのだろう。諜報のプロとして、国家間で取り交わされる表のチャンネルではない、裏のチャンネルでの「生情報」がのどから手が出るほど欲しかったことは想像できる。
ロシア外務省も非難声明
露有力紙コメルサントはこんな見立てを伝えている。
ボストンテロ事件後、アメリカのFBI捜査員がツァエルナエフ兄弟の両親の聴取のため、北カフカスを訪れた。そのときに、アメリカの情報機関は協力してくれたベテラン捜査官の電話番号を知った。テロとの戦いのためには、さらなる情報が必要だ。捜査官との個人的な関係を作るため、フォグルが送り込まれた…。
しかし、現職の捜査官に、現ナマをちらつかせる甘い誘惑は、あまりにも危険で稚拙すぎた。FSB幹部は、フォグルを含めた米大使館員の前で諭すように言った。
「われわれの関係を強化しようとしていたときに、アメリカの外交官はロシア連邦に対する国家犯罪を犯した。相互協力が新たな段階に達しようとしている今日、そして、両国の大統領が相互協力の環境を改善しようとしているときに、アメリカ大使館員の肩書きを持つこの御仁は、ここで深刻な犯罪を犯した。このモスクワで」
一夜明け14日の昼過ぎ。FSBは事件を公表した。インタファクス通信の速報には「拘束されたCIAの諜報部員、ライアン・フォグルはアメリカ大使館政治部所属の3等書記官を隠れみのにして、モスクワで働いていた」と記され、最初からスパイ捕り物劇のニュアンスを含ませていた。
変装したフォグルの写真や映像、所持品なども大々的に発表されたため、ロシアのメディアはトップニュース級で、詳細にこの事件を報じた。
ロシア外務省も事件公表から約4時間後に非難声明を出した。
「両国の政府が、国際テロ対策での情報機関の直接的なやりとりを含む2国間の相互協力の拡大を図ると合意したときに、冷戦時代のような挑発的な行動は決して、相互信頼の強化にはつながらない」