2024年2月27日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年12月15日

引き継いだはずの菅元首相の不幸

 9月に発足した菅義偉内閣は携帯電話料金値下げなどの政策を打ち出して、高い支持率で船出した。しかし11月には感染力が強いデルタ株が蔓延して大きな3波が起こり、2回目の緊急事態宣言を出すことになった。

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 安倍内閣が7月に始めたGoToトラベルキャンペーンで人出が増えたために感染が拡大したと非難されて、12月に中断した。21年1月に第2回緊急事態宣言が出されたが、その直後に感染は収まって3月に解除した。

 しかし4月にはさらに大きな4波が起こり、3回目の緊急事態宣言を出した。オリンピックを開催したら海外から感染者が来日してさらに感染者が増えるなどの反対論が渦巻く中で、菅首相は無観客開催を決定した。

 そして7月に開催したオリンピックはさらに大きな5波と4回目の緊急事態宣言を重ねることになり、内閣支持率は急落した。こうして菅内閣は安倍首相の方針を実現することがないままに10月に退陣した。

 一方、菅首相はコロナ対策を画期的に前進させた。ワクチン接種こそが対策の切り札と確信して、その確保と接種体制の確立に全力を挙げたのだ。

 20年12月にファイザー社が厚生労働省にワクチンの承認申請を行ったのだが、国内でも治験を行う必要があり、承認されたのは21年2月だった。次は量の確保だが、世界各国が奪い合いをしている中でこれは困難だった。

 菅首相は4月に訪米してバイデン大統領と会談した時にファイザー社のブーラCEOと電話交渉して5000万回分の追加供給を確約し、年度内に1億4400万回分を確保した。そして5月には1日100万回接種という一見不可能な目標を発表し、医師に加えて歯科医師や救急救命士などによる接種を特例で認めることで達成した。

 ところが接種希望者が殺到して、ワクチンが不足する可能性が出た。そこで菅首相は7月のオリンピック開会式参加のため訪日したブーラCEOを赤坂の迎賓館に招いて会談し、700万回分の前倒し供給を受けて危機を乗り切った。

 ワクチンの接種率は、22年12月6日現在、1回目の接種が81.4%、2回目の接種が80.4%、3回目の接種が67.1%である。こうして21年7月に始まった5波は9月中に急速に収まったのだが、この成果を見る前に菅首相は9月初めに退任を表明した。あと1カ月待てば状況は大きく変わったかもしれない。

岸田総理の決断

 3回目の見直しを示唆したのは現在の岸田文雄首相だった。総理に就任した2021年11月は感染者が大幅に減少した時期であり、まずは行動制限の緩和を打ち出した。

 続いて本年1月に伊勢神宮に参拝したときの記者会見で、陽性者の全員入院と濃厚接触者の全員宿泊待機の見直しを言明した。これは実質的に5類への変更であり、正式な変更につながると期待されたのだが、実現しなかった。オミクロン株による大きな6波が1月に始まったなかで、5類への変更は現実的ではないという判断だった。

 8月にはさらに大きい7波が来たため、9月に医療機関から保健所に報告するのは感染者のうち65歳以上の高齢者や入院が必要な人などに限定し、医療機関の負担を軽減した。他方、重症者と死者は5波をピークにして下がっていった。

 現在は10月に始まった8波のピークに差し掛かっているが、陽性者数も重症者数も7波より少なくなりそうだ。このような状況が12月の改正感染症法の付則と厚労大臣による5類への見直し発言につながった。これが3度目の見直しの機会である。


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