2022年10月6日(木)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2022年8月8日

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唐木英明 (からき・ひであき)

東京大学名誉教授

1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長などを経て現職。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 新型コロナワクチンの副反応を心配する人は多い。最近の研究で、副反応には2つの原因があることが分かった 。これまでに行われた4万人以上の臨床試験の結果から副反応の発生状況を調べると、66.7%が注射部位の腫れや痛みを訴え、46.3%が発熱や頭痛や倦怠感などの全身症状を訴えていた。

(Prostock-Studio/gettyimages)

 筆者も注射部位が腫れて痛みがあった。全身症状のために接種翌日は仕事を休む人もいる。確かにワクチンの副反応はかなりの割合で起こることが分かる。

 次はプラセボを投与した結果だ。プラセボとはワクチンではなく生理的食塩水なのだが、被験者にはそのことを知らせていない。すると驚いたことに、16.3%が注射部位に痛みが残ると訴え、35.2%が全身症状を訴えたのだ。何の効果もないはずの生理的食塩水でワクチンとほとんど同じ副反応が起こったのである。

 ということは、ワクチンの副反応にはワクチンが直接引き起こす副反応と、ワクチンを打ったと思うことで心理的に起こる副反応の2種類があり、注射部の痛みの24.3%、全身症状のなんと76.0%が心理的な効果ということになる。

 実は、心理的な効果が実際に体調の変化を引き起こすことは、薬や医療の世界では半世紀も前から分かっていた。

分かってきたさまざまなプラセボ効果

 腰やひざの慢性の痛みに苦しむ人は多いが、痛いときには鎮痛薬を飲む。すると痛みが消えて「薬が効いたんだ」と思う。しかしそれは間違いかもしれない。

 医師が「これを飲んだら直りますよ」と言って何の効果もないプラセボを飲ませると、やはり効くのだ。その理由は、痛みが自然に治った可能性と、「これを飲めば痛みが止まる」という期待感が実際の効果につながった可能性が考えられる。このような心理効果をプラセボ効果と呼んでいる。

 プラセボ効果と薬の効果を分離するために考えられたのがランダム化比較試験だ。多数の被験者をランダムに分け、試験群には薬を、プラセボ群にはプラセボを摂取してもらう。ただし、被験者にはどちらを飲むのか知らせないし、試験薬を与える医師もどちらなのか知らされていない。こうして心理効果を排除する。

 すると両群とも「効果がある」と期待し、両群にプラセボ効果が出る。しかし薬の作用は試験群にしか現れない。だから試験群の効果からプラセボ群の効果を差し引いて、残ったものが薬の作用ということになる。

 このような試験の結果から、プラセボがさまざまな症状に効果を示すことが分かった。例えば軽度のうつ病患者ではプラセボは抗うつ薬とほとんど同じ気分改善効果を示し、抗うつ薬がプラセボより明らかな強い効果を示したのは重度のうつ病患者だけだった。

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