2024年5月23日(木)

ブルキナファソ見聞録

2013年6月19日

 メディア周りをすればするほど悶々とした気持ちが募る。

腰を据えて話してみると…

 そうこうして、この国におけるメディアの意味って何なのだ、と思い始めた頃、民間のラジオ局を訪問。いつものごとく事態は好転せず、どのメディアもやはり同じ考え方なのかという確信を強めるばかりだったのだが、対応してくれたディレクターが3月の取材に来てくれた人であり面識があったという気軽さも手伝って、いつもより腰を据えて話してみようと思った。

 筆者「取材費を毎回払うというのは難しいのですが、どのように取材テーマを決めているのですか。特にご関心のある分野や観点があれば、それを中心に情報提供もしますし、取材に来ていただける可能性を広げたいのですが」

 ディレクター「同じ日に異なる取材テーマがあったとします。お支払がなければ行く約束はできませんし、あなた方がいくら取材に来てほしいと思っても、もう一方の方へ行くかもしれませんよ」

 確実に報道してほしいなら、やはり支払い、ということらしい。

 筆者「ええ、当然です。毎日たくさんの取材候補がある中から、どれを取材するか判断するのはメディアの方々だと考えています。だからこそ私達も選んでいただけるようより意味のある情報をお伝えしたいと考えています。取材費を支払って毎回確実に来てもらう、という状況を希望している訳ではありません。報道する価値のあるものをメディアが判断して、伝えるべき内容を伝える、それがジャーナリズムではないのですか」

 取材に来てくれないと困る、という回答を想定していたのだろうが、取材に来てもらえない時があってもそれは当然です、と答えたのがディレクターにとっては驚きだったようだ。最後の一言は素人がメディアの方に対して言うには失礼だったと反省したものの、ディレクターはとまどいながらも、「ええ、その通りですね」と答えてくれた。

 すぐに状況が変わる訳ではなさそうだが、これまでの訪問先とは、少し違う反応である。


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