2024年4月25日(木)

デジタル時代の経営・安全保障学

2023年2月2日

 法による規制を意に介さないテレグラムに対して、ロシア政府は別の手を打つ。18年、ロシアの裁判所が通信事業者に対して、テレグラムに関連する通信をブロックするよう命令したのである。

 この命令は国内からの反発を呼び、またテレグラムが迂回技術を使ったことで骨抜きになった。筆者が把握するだけでブラジルでも裁判者が通信事業者に対して同様の命令を行ったが、どちらの国においてもテレグラムの利用が減少したという話は寡聞にして聞かない。

 テレグラムは組織としては英国で登記され、世界に複数のシェルカンパニーを持つ。ユーザーのデータがどの国に保存されているかは開示されていない。従業員も欧州、中東をはじめとして世界中に分散し、流動している。ドゥーロフの、一つの国家に依存しないという戦略が徹底されているため、国家がテレグラムを規制の枠にはめることは難しい。

テレグラムの利用を規制すべきでない理由

 言論の自由は、常に社会の利益になるわけではなく、長年に渡りテロや犯罪に使われてきたという負の側面もある。それを踏まえた上で、それでも日本においてテレグラムの利用を規制すべきでないという筆者の考えと、テレグラムが抱える弱点を指摘したい。

 日本国内においてテレグラムの利用を禁止することは好ましくない。ロシア政府が法を作り、裁判所が命じても、テレグラムの利用を止めることはできなかった。日本において同様の規制を整備するのは難しい。

 仮にそのような法が制定されたとして、ロシアに比べ通信事業者の裁量が多い日本において、法が一律に適用されるかは不透明である。そして、テレグラムを規制できたとしてもテロリスト、犯罪者は、代わりとなる通信手段をすぐに用意するだろう。プラットフォーム自体の規制は、イタチごっこへの入口である。

 それでも、今後日本社会を揺るがす大事件がテレグラムを舞台に発生し、規制を求められた場合、われわれに手段は残されているだろうか。ロシアを飛び出し、ブラジル、トルコなどの政府と渡り合うような、テレグラムを手懐けることができるだろうか。

 この問いを考える上でテレグラムのビジネスの急所を理解しておきたい。テレグラムの急所とはアップルとグーグルの2社である。

 テレグラムのアプリは、両社のスマホアプリストアを通じて配布されている。何らかの理由でアプリストアからアプリが排除された場合、テレグラムのユーザーは半減してしまう。

 したがってテレグラムは各国の規制は無視できても、アップルやグーグルが定める規制は無視できない。その証拠にテレグラムは、ロシア国営テレビのRTやスプートニクなどのロシア政府寄りメディアのテレグラム上のチャンネルを削除した。言論の自由を最重視するテレグラムが、RTやスプートニクの存在を許容できないのは、それがあることによってアップルのアプリストアから排除される危険があるからである。

 国家との関係において縦横無礙(じゅうおうむげ)にもみえるテレグラムであるが、アップルとグーグルの前では、そうはいかにないようである。筆者にはそれが三蔵法師の手の中の孫悟空の様にも感じられるのである。

引用文献
- Access Now. 2021. “Access Now to Telegram: Protect the Rights of 500 Million People.” Access Now. Retrieved January 31, 2023 
- Maréchal, Nathalie. 2018. “From Russia With Crypto : A Political History of Telegram.” 8th USENIX Workshop on Free and Open Communications on the Internet (FOCI 18).
- 小泉悠, 桒原響子, and 小宮山功一朗. 2023. 偽情報戦争 あなたの頭の中で起こる戦い. ウェッジ.
- Tan, Rebecca. 2017. “Terrorists’ Love for Telegram, Explained .” Vox. Retrieved January 31, 2023.
編集部からのお知らせ:小宮山功一朗氏が小泉 悠氏、桒原 響子氏とともに偽情報の脅威について、著書で指摘しています。詳細はこちら
『偽情報戦争』(小泉悠、桒原響子、小宮山功一朗、ウェッジ)
 

   
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