ディスインフォメーションの世紀

2022年3月3日

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桒原響子 (くわはら・きょうこ)

日本国際問題研究所研究員

1993年生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官、未来工学研究所研究員などを経て、現職。京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教などを兼務。近著に『なぜ日本の「正しさ」は世界に伝わらないのか 日中韓熾烈なイメージ戦』(ウェッジ)。
 

 2022年2月24日、ついにロシアのウクライナ侵略が始まった。ロシア軍とウクライナ軍の戦闘は、当初、戦力が圧倒的に勝るロシア軍が短期間のうちに首都キエフを陥落させるのではないかと見られていたが、予想以上に強いウクライナ軍の抵抗に遭い、ロシアの電撃作戦は難航した。

 28日には、ロシアとウクライナとの間での停戦交渉が持たれたが、両者の隔たりは大きく、交渉の継続は合意されたものの、その行方は険しいと言わざるをえない。その一方で、ロシアのキエフへの総攻撃が迫っているとの見方を米国の軍事筋は伝えており、極めて緊迫した事態が続いている。

ウクライナのゼレンスキー大統領も自撮りの映像で発信し、ロシアの情報戦に対抗した(Ukrainian Presidential Press Office/AP/アフロ)

 ロシアは、今回のウクライナへの侵攻に際してもサイバー攻撃や情報戦などを組み合わせたハイブリッド戦で臨み、ディスインフォメーション(偽情報)を流すなど、ディスインフォメーション・キャンペーンを展開してきているが、ロシアが得意なはずのディスインフォメーション・キャンペーンが壁にぶつかり、プーチン大統領の大きな誤算と失敗が垣間見えてきている。その背景を詳しく見ていこう。

ディスインフォメーション・キャンペーンが直面した限界

 ロシアは、ウクライナへの全面武力侵攻の前段階から、14年に展開した情報戦で活用したテーマを再び用いて、ディスインフォメーションを流布させ、ウクライナ国民の分断を狙っていた。

 ロシア政府は、14年のウクライナへの侵攻の際、主に次の3つのテーマに関して積極的な情報発信を行なっていた。(1)クリミアの土地は歴史的にロシアの一部であること、(2)ウクライナ新政府に対する人々の信用を失墜させること、(3)ロシアはクリミアにおける出来事に関与しておらず、ウクライナ内部での内乱であり、クリミアの人々がロシアへの編入を求めている、といったメッセージだった。

 そしてロシア政府は、メディアなどを駆使しつつ、自らの軍事的関与を否定しながら、14年政変の黒幕は西側諸国、特に米国であること、またウクライナにはネオナチが蔓延しており、ウクライナ人がナチズムやファシズムを支持しているというシナリオを広めていったのだった。ウクライナで親露政権を打ち倒した勢力を否定的に描写し、ウクライナに対する内外の信用を失わせ、ロシアの軍事介入の正当性をアピールする狙いがあったと考えられる。こうした14年のロシアのディスインフォメーション・キャンペーンは一定の「成果」を収めたとみられている。

 今回のウクライナ侵略においても、ロシアは同様のディスインフォメーション・キャンペーンの展開を試みてきている。プーチン大統領は、21年7月に論文を発表し、ロシアとウクライナは「一つの民族だ」と強調し、その後も「一つの民族」のメッセージを繰り返してきた。ウクライナの現政権とナチズムを結びつけるシナリオも展開し、ウクライナ東部でロシアに希望を持つ100万人へのジェノサイドを止めなければならない、とプーチン大統領は強調している。

 また、ウクライナへの侵攻の数カ月前から、国内の世論固めを目的とし、ロシアの政府系メディアを通じて、海外世論、特に西側諸国の世論をロシアに都合の良いように歪曲し、それを国民に伝えるという工作も行なってきていた。

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