中国の情報戦の脅威については、日本においてもよく知られている。中国は、米国をはじめ、ロシアの軍事作戦をよく研究している。また、中国が台湾に対して軍事力を行使しようとする際には、さまざまな情報戦を展開する可能性があり、警戒する必要がある。中国は、今回のロシアのディスインフォメーション・キャンペーンの失敗を材料として、さらに高度な情報戦のあり方を研究してくるとみなくてはならない。
近似する中露のディスインフォメーション
歴史的に見れば、中露は、外交目標達成のためにそれぞれ異なるアプローチをとってきた。ロシアが外国社会を混乱、分断することに重点を置いてきている一方、中国は、外国との経済的結びつきを強めつつ、世界で肯定的な対中認識を醸成する努力を払ってきた。
しかし、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延以降、両者のディスインフォメーション・キャンペーンの手口はより近似するようになってきているとの指摘がある。中国は、自らのディスインフォメーション・キャンペーンにおいて、最近ではウイルス起源をめぐり米国に責任を負わせる内容の情報や米国内の人種差別問題に対する批判を広く発信するなどしているが、こうしたアプローチに見るように、現在、中露は、西側の民主主義の規範や制度を弱体化させ、民主的な価値を共有する国や地域の結束を弱め、国際社会における米国の影響力を低下させようとすることに共通の意義を見出そうとしている。
今後、中露両国は、ディスインフォメーション・キャンペーンにおいて、互いのプラットフォームやプロパガンダを活用することで、より大きなインパクトを見出そうとすることも考えられる。
中国は今後、ウクライナ侵略に際しロシアが展開してきたディスインフォメーション・キャンペーンの問題点を踏まえ、より巧妙な手口でディスインフォメーション・キャンペーンを展開してくるかもしれない。日本との関係では、中国は、日米離反を狙ったディスインフォメーション・キャンペーンを展開するとみられ、特に米軍基地が集中する沖縄は標的になりやすい。また、沖縄はもともと琉球という独立国であり、清朝との関係が深かったなどといったストーリーも、情報戦の一環として喧伝される恐れがあろう。
日本は、言語の壁が厚く、「ガラパゴス症候群」といわれるほど、外国勢力からのディスインフォメーションの影響を欧米諸国などより受けにくいとされてきた。しかし、今後、技術や手口が高性能化・巧妙化すれば、日本が海外からのディスインフォメーションの大きな影響を受けるようになる可能性は十分に考えられる。さらに、人々がデマや陰謀論を信じやすい心理状態に陥りやすい有事などの危機の際には、ディスインフォメーションがいっそう広まりやすくなるため、情勢や環境の変化には細心の注意を払う必要がある。
日本は情報の安全保障を強化せよ
日本では、安全保障面において情報戦が持つ重要性に対する理解が低いとかねてから指摘されている。国家として重大な情報戦の危機に直面した経験が乏しく、国内では法整備を含めディスインフォメーション対策はほとんど進んでおらず、世界と比較してその遅れは歴然としている。
特に近年、デジタル化が進み、S N Sを駆使した情報戦が大きな力を持つようになったため、欧米諸国を中心にディスインフォメーション対策が急速に進んできている。また、アジアにおいても、台湾は中国からのディスインフォメーション・キャンペーンに対し真剣な取り組みを行なっている。
日本も、ロシアのウクライナ侵略に当たっての情報戦も一つの材料とし、外国勢力からのディスインフォメーションの脅威を他人事として捉えてはならず、早急にその対策に乗り出すべきである。このディスインフォメーション対策は、政府が中心となって進めるべき事案であるが、メディアやプラットフォーム企業、ファクトチェック機関などの民間団体、そして国民一人ひとりの役割があってこそ成立する対策であり、日本全体として取り組まなくては成功しない課題である(その対策のあり方については筆者の連載「ディスインフォメーションの世紀」の過去の記事を参照されたい)。
政府はいま、新たな「国家安全保障戦略」の策定に向けた作業を行なっているが、ディスインフォメーション・キャンペーンへの対策はその戦略の中に盛り込まれなければならない。
日本としては、ロシアに対しては米国などに遠慮することなく、より明確に厳しい姿勢を示し続けていくとともに、言論空間が戦場と化すのがSNS時代の戦争であることを十分に理解し、情報の安全保障に本気で取り組んでいく覚悟を持たなくてはならない。
最悪の事態を招かぬこと、そして「万が一」に備えておくことが重要だ。政治は何を覚悟し、決断せねばならないのか、われわれ国民や日本企業が持たなければならない視点とは何か——。まずは驚くほどに無防備な日本の現実から目を背けることなく、眼前に迫る「台湾有事」への備えを、今すぐに始めなければならない。
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