2022年11月29日(火)

ディスインフォメーションの世紀

2022年3月3日

»著者プロフィール
著者
閉じる

桒原響子 (くわはら・きょうこ)

日本国際問題研究所研究員

1993年生まれ。大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了。外務省大臣官房戦略的対外発信拠点室外務事務官、未来工学研究所研究員などを経て、現職。京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教などを兼務。近著に『なぜ日本の「正しさ」は世界に伝わらないのか 日中韓熾烈なイメージ戦』(ウェッジ)。
 

 このようなロシアのディスインフォメーションは、当初、現地住民のみならず、国際社会をも混乱させているように見えた。しかし、ロシアの軍事侵攻が開始されると、ロシア兵がロシアの主張する「兄弟国」に進軍し、ミサイルがウクライナの都市に向けて発射される状況が世界中に生中継され、ウクライナの人々が地下壕に隠れ、あるいは長い車の列を作って国外に逃げる様子が次々に映し出された。

 日に日に悪化するウクライナの悲惨な現実の姿がテレビの映像やSNSで拡散されると、いかにロシアがさまざまなディスインフォメーションを発信しようとしても、その効果はなく、現実の行為に圧倒される形でロシアの目論見、ディスインフォメーション・キャンペーンは完全な失敗に終わったといえよう。

ウクライナを見誤ったプーチンの戦略

 今回ロシアは、情報戦においていくつかの見誤った点があった。一つは、ゼレンスキー大統領自身についての評価である。ウクライナのゼレンスキー大統領は、今回の危機に瀕し、強力なリーダーへと大化けした。

 プーチン大統領は、ゼレンスキー大統領について、コメディアン出身の政治の素人であり、リーダーとしては弱いと軽んじ、キエフの陥落も容易だと踏んでいたのだろう。そして、ゼレンスキー大統領はすぐに国外に逃げるだろうといった虚偽の情報も流されていた。

 しかし、ゼレンスキー大統領は、「自分はロシアの殺人リスト・ナンバーワンとなっている」としつつ、「ウクライナにいて国を守る」と主張し、ウクライナ国民に共に戦うことを呼びかけるなど、国民を鼓舞するメッセージを発信し続けた。その際、自身のソーシャルメディアなどを駆使し、自撮りの映像で訴えかけるという現代版の情報発信を展開してきた。

 このゼレンスキー大統領の呼びかけに応じ、ウクライナ国民は立ち上がり、ロシアに徹底抗戦する機運が高まることとなり、結果、ロシア軍が早期にキエフを陥落させるという作戦が頓挫したのだった。そして、今やウクライナでのゼレンスキー大統領支持率が91%と、昨年末より3倍も跳ね上がり、ウクライナ防衛への強い意志を示すゼレンスキー大統領はヒーローだといった声が聞かれるようになった。

 二つ目は、自らのディスインフォメーションの「量」に対する過信である。今回ロシアは、ディスインフォメーション・キャンペーンにおいて虚偽の動画や写真を多く用いているが、いずれの画像や映像も完成度が低く、それがディスインフォメーションであると暴かれやすいという特徴がある。

 例えば、ウクライナ軍の装甲兵員輸送車がロシアおよび親ロシア派支配地域に侵入する様子を写した写真や、ロシアに侵入するウクライナ軍の「侵略」ミッションを映した映像などである。こうした情報は専門家やファクトチェッカーなどによって虚偽であることが次々と暴かれ、そうした情報についてSNSユーザーらが二次的に拡散し、ロシア発の自作自演のディスインフォメーションに警戒せよと注意喚起をし合う事態へと発展していった。

 ロシアはディスインフォメーションについて、「質」より「量」を重視していたとの指摘があり、映像や画像もずさんで効果的なキャンペーンを行うことができなかった。しかし、これがSNS時代の新しい戦争のあり方である。ディスインフォメーション・キャンペーンの手口が、瞬時に世界中に晒され、曖昧な情報はたちまち効力を失ってしまうのである。

 三つ目は、SNS時代の情報の拡散力である。世界中の人々はいまやソーシャルメディアを通じてつながっているといっても過言ではなく、常に拡散されるウクライナの状況は、世界各地でウクライナ支持・支援のうねりを巻き起こした。

 ロシアが打ち出したウクライナ政権とナチズムを結びつけるディスインフォメーション戦略は逆噴射し、世界中で起きた反ロシアデモにおいても、ヒトラーとプーチンを結び付けたものが少なくなく、世界中で「反ロシア」「反プーチン」機運が増大した。また、前述の通り、ロシア発のディスインフォメーションはSNSなどを通じ次々と訂正されている。

 ゼレンスキー大統領は、国外逃亡説などに対し自撮りの動画などで応戦し、SNSユーザーもまた、「ロシア発のデマに注意せよ」などと、プーチン大統領の情報戦やディスインフォメーション・キャンペーンに対し注意喚起し合っている。

新着記事

»もっと見る