2024年11月22日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2013年7月24日

 台湾独立建国連盟主席であった、故 黄昭堂は、「中華民国は我々の頭の上にある帽子のようなものである。 雨が降っているならば、今のところ、それを被っていなければならないが、それを脱ぎ捨てることのできる晴れた日を待ち望んでいる」と言った。これは、台湾人の希望を最もよく描写している。

 たとえ、その政治的願望が、憲法の改正や、国名の変更であるとしても、台湾人は、米国人や中国人と同様、夢を追求する権利が認められるべきである。

 国民党政権の現在のやり方では、台湾人は、夢を実現する第三の機会を失うかもしれない。そして、第四の機会は、もう無いかもしれない、と述べています。

 * * *

 中国に中国の夢があるならば、台湾にも台湾の夢があると主張し、米中首脳会談の直後に行われた、習近平・呉伯雄会談の内容に危惧を表明し、台湾の夢が失われないように、歯止めをかけようという悲痛な社説です。社説の説くところには同感であり、同情を禁じ得ません。

 ただ、台湾の将来に対しては、まだまだ楽観的になり得るように思います。そこで、社説の趣旨には賛成しつつも、アンチテーゼとして、以下に、楽観論を許す要素を掲げます。

 まず、その時々の米行政府の態度にかかわらず、米議会、ひいては米国民の一般感情は、自由民主主義国である台湾に同情的であり、少なくとも有事に際しては、これを見捨てることは無いであろうと考えられます。

 もう一つは、台湾の民主主義が台湾政治に及ぼす作用です。平和時において、次の選挙に備えねばならない状況の下では、いかなる台湾の政府も台湾の民意を無視できませんが、民意は統一に反対であり、統一の方向に向かう政策は支持されないだろうと想定されます。

 仮に、今後、次の総統選挙までの間に、台湾が中国の圧力に屈して政治的に妥協しても、台湾の民意の動向を考えれば、それは、最大限「一つの中国」というスローガンを認めるという、表現上の問題以上には出られないと予想されます。


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