ここに来て
〝廃止〟に動いたのはなぜ?
そもそも、なぜ「今」、実習制度は廃止されようとしているのか。大きなきっかけとなったのが、22年1月に発覚した、岡山市内の建設会社で働くベトナム人実習生に対する暴行事件だ。実習生が日本人の同僚から暴行を受ける動画をメディアが取り上げ、全国ニュースとなった。
すると翌2月、実習制度を所管する法務省の古川禎久大臣(当時)が動いた。制度の見直しに向け、有識者を集めての勉強会を始めたのだ。そして同年7月、有識者会議の設置が発表され、後に制度〝廃止〟を提言する。
では、新制度で具体的に何が変わるのか。同会議の中間報告は、実習生の転籍を〈従来より緩和〉する方針を打ち出している。また、実習生よりも企業寄りの姿勢が批判されることの多い「監理団体」については、〈人権侵害等を防止・是正できない〉場合は〈厳しく適正化・排除する〉のだという。だが、これまでも悪質な監理団体には、認可取り消しなどの処分が下っていた。実習生の転籍にしろ、就労先に問題があれば認められていた。
一方、実習生が母国の「送り出し機関」を介して来日し、監理団体の斡旋で就労するシステムは変わらない。つまり、実習制度と新制度の違いとは、実習生の転籍制限を緩め、監理団体への監視が強まる程度なのだ。
とはいえ、転籍制限をなくすことは難しい。実習生を受け入れる企業は、事前の日本語研修などで実習生1人につき数十万円を負担している。来日後、すぐに転籍されては費用が回収できなくなってしまう。
政府が実習生の人権を守りたいなら、真っ先に解決すべき問題が他にある。彼らが来日時に背負う「借金」だ。
実習生は本来、金銭的な負担なく来日できるはずだ。にもかかわらず、母国の送り出し機関に多額の手数料を徴収されるケースが多く、とりわけ実習生の過半数を占めるベトナム人の場合、その額は100万円前後にも達する。
ベトナム政府は、手数料の上限を「3600ドル」(約50万円)と定めている。こうして手数料徴収を認めること自体、制度の趣旨に反する行為だが、その上限すら全く守られていないのが現実である。なぜか。送り出し機関とベトナム政府関係者が賄賂を通じて結びついているからだ。
実習生は現地でも貧しい層の若者なので、手数料は借金に頼る。こうして背負う借金が、来日後にさまざまな問題を引き起こす。その一つが「失踪」だ。
〈失踪の背景には当初3年間、(実習生が)原則転職できない仕組みがある〉(日本経済新聞4月11日付朝刊)
と、メディアの多くは「失踪」を「転職」(転籍)制限のせいにする。だが、現場の見方は違う。東京都内の監理団体で働くベトナム人スタッフが言う。
「失踪の原因は主に二つ。一つは、きつい仕事を嫌い、不法就労して楽に稼ごうとする。建設業などで働く実習生はこのパターンが多い。転籍しても仕事の厳しさは変わらないので、制限が緩和されても失踪は減らないだろう。もう一つの原因が借金。実習生の賃金は低いため、手っ取り早く借金を返そうと不法就労に走る」
22年上半期に失踪した実習生の数は3798人に達し、9000人以上の失踪者が出た18年に迫る勢いだ。そのうち73%はベトナム人である。「借金」が失踪を誘発していることがわかる。
しかし、中間報告(概要)には、借金問題の解決に向けてこう記されているだけだ。
〈悪質な送出機関の排除等に向けた実効的な二国間取決めなどの取組を強化〉
実効的な対策を取りたいなら、送り出し機関の手数料は日本の就労先が全額負担し、実習生からの徴収を禁止すればよい。その場合、送り出しをめぐる〝利権〟は消滅する。相手国政府がへそを曲げ、日本への人材送り出しを止めかねない。そうなれば、実習生の数が確保できなくなる。そのことを恐れ、日本側は送り出し国に強く出られない。
一方、有識者会議が触れるのを避けたテーマもある。実習生は本当に必要なのか、そして彼らは「誰のために」受け入れられているのか、という問題だ。