2024年5月19日(日)

Wedge2023年9月号特集(きしむ日本の建設業)

2023年8月21日

ホワイトにすれば
優秀な人材は集まる

 当社で進めているのは、「仕事の見える化」だ。そのために受注先とのやりとり、社内の業務管理を一つにまとめる「建設タウン」という統合型クラウドERPシステムを、別会社を立ち上げて開発した。これによって紙ベース、属人的だった情報が可視化され、誰でもいつでもアクセスできるようになった。

毛利社長が開発した「建設タウン」の利用者も徐々に増え始め、手ごたえを感じている(WEDGE)

 一つに、残業をしたい(25%割増で稼ぎたい)人、定時(週40時間)で帰りたい人の意思を可視化(1年間の希望残業時間を個別に目標設定)する。そして、就業時間より早い現場集合には残業代(25%増)、夜間作業には残業を含む夜間割増(50%増)を適切な日報管理で正しく支払う。その上で、自社で足りない部分は外注に出している。もっと言えば、自社のリソースを超えるほどの仕事は品質や安全を守るためにも取らないように心がけている。原則、作業員の現場稼働率は70%(リソース)を目標としている。

 技能者(職人)の中には、一人親方として、独立した方が、儲かるし、自由だと思っている人が少なくない。確かに自由だが、みんなと同じ単価で仕事をして、工具や消耗品、社会保険料などを支払えば、手元に残るお金は多くはない。そして、何より補償が何もない。むしろ、社員として技能に合わせた基本給、残業代などをもらった方が収入は多くなる。そして補償もある。当社ではそれを分かってもらうために業務ごとの生産性(付加価値)の見える化と技能や技術の適正評価を進めている。このように、適正な労務管理を行い、働きやすい会社にすることが、人材の確保につながり、結果的に残業規制にもホワイトに対応することができるようになると考えている。

 人手が足りなくて、採用できなくて困っている会社が急増している。結果として、採用できる技能実習生などの外国人に頼るしかない状況が生まれている。これを否定するつもりはないが、当社では外国人を採用していない。外国人に頼る前に、日本人の若手と一緒に働きたいという気持ちが強いからだ。少しでも興味を持ってもらうため、4年前から現場の中途採用社員の給与を最低23万5000円に引き上げた。この4年で31人を中途で採用し、17人(平均31歳)が今も働いてくれている。これでも、建設業界の採用状況からすると良いほうだ。

 そもそも、日本全体の建設産業に目を向ければ、800万戸を超す空き家があるにもかかわらず、新築を建て続けていることが間違っているのではないか? インフラクライシスも起こる中、減っていく労働力の振り分け方を考え直すべきだ。

 大阪・関西万博の工事が遅れている。昔であれば、万博のような仕事なら喜んで引き受ける会社が多かったのだろうが、同業者からは「今の仕事ですらいっぱい、いっぱいなのに、あんな現場環境では責任を持って請けられない」との声が多い。業界内でも変化の兆しがある。

 当社の事業で関係する例として、ある機器メーカーが、見込み生産で在庫を積み上げることをやめ、受注生産に切り替えた。そうすることで自社の働き方改革を実現した。このメーカーが高いシェアを持っていたことで、現場ではモノは足りない、入らない、単価は上がる。もちろん、当社も困っている。ただ、これが「無理をしてでもこなす。それが当然」という業界慣習に風穴を開けたのは確かだ。

 図面が施工途中で変更されても「それを調整するのが現場(職人)の技量(無償)」とされてきた。こんな理不尽な慣習を挙げればきりがない。それでも、当社で若手が働きたいと思えるように、仕事が大変でもホワイトな取り組みを続けていれば、自然とブラックから人は集まってくる。諦めることなく改革を続けたい。

Case 3
電気工事士
一般社団法人女性技能者協会(京都府八幡市)
前中由希恵 代表理事(36歳)
女性技能者をつなげる役割を担い、電気工事士の日常をインスタグラムで発信している。

 19年もの間、電気工事士としてのキャリアを積むことに注力してきたが、このたび、新しい命を授かったことから休職することを決めた。建設国保に加入していると、通常、産前休業は出産予定日の約1カ月前から給料の一部が補償されるが、私の場合は仕事のスケジュールの関係でその3カ月前から休職(自己都合などの場合は〝休職〟となる)に入ったため、補償が出るまでの間は無給であった。会社によっては事務職などへの部署異動でギリギリまで働くことも可能だが、多くの会社が柔軟な対応を取れるわけではない。

 電気工事士を始めたばかりのころは「なんで女性なのに電気屋や」と言われることもあったが、今では責任のある仕事を任される立場までスキルを積むこともできた。若い時は男性との体力差を埋めるために日々120%の力を注いでいたが、今では同僚とともにできること、できないことを協力し合って仕事を進めることができている。たとえ男性比率が多い仕事でも、〝女性だから〟という理由でできないことはないと思った。

現場で憧れられる先輩がいることは仕事を続ける理由になるのでは、と話す前中さん(HIROMI SHINADA)

 女性としての問題とは別に、私自身、国の制度などを学ぶ機会はほとんどなかった。そのため、高校時代にアルバイトから勤めていた会社を退職後、転職先の会社で給与明細を見た時に、「この引かれている金額ってなんですか?」と思わず聞いてしまった。それまでずっと社会保険なんてないのが当たり前だと思い、疑問を抱いたことがなかったが、そのときに初めて一人親方として働いていたことを知った。

 周囲の人たちも同じように社会保障制度や雇用形態を知る機会がなく働いているため、専門知識以外を知るきっかけはほとんどない。その人たちが従業員を雇う立場になったときにも同様に雇用してしまうことで、知識不足の悪循環につながる。一人親方だと仕事を「やるか」「やらないか」しかないが、まずは知識をつけて選択肢を増やすことが大切だと思っている。

 学ぶ機会が少ないという問題は業界全体にも及ぶと思っている。例えば、交渉能力があって高単価の仕事を取ってくる人もいれば、ひとつでも多くの仕事を貰うために安く取ってくる人もいる。適正な費用を算出せずにとにかく安く仕事を請け負ってしまった場合、無理な価格で受注する前例ができてしまい、適正価格を下げることにつながりかねない。それが繰り返されると、業界全体としての単価が下がり続けることになる。

 職人だからといって、専門的な仕事さえできていればいいわけではない。交渉能力を持ち、自分の価値を知ること、業界全体で専門知識以外のスキルを磨いていくことで、より良い労働環境へとつながっていくのではないか。

インスタグラムで自身の作業風景を投稿する前中さん。仕事の楽しさが伝わってくるような写真や動画が並ぶ(YUKIE MAENAKA)

 技能者の多くは、やりがいを持って働いている。だからこそ、目に見える魅力を伝えて業界をオープンにしていきたいという気持ちから、インスタグラムを使って発信し続けている。私の投稿を見た同業者から「前中さんの写真を待ち受けにしています」という嬉しいメッセージが来ることもある。発信して知ってもらうことで自分が憧れられる存在になっていることはやりがいだし、もっとしっかりしなければならないと身が引き締まる思いだ。

   
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Wedge 2023年9月号より
きしむ日本の建設業 これでは国土が守れない
きしむ日本の建設業 これでは国土が守れない

道路や橋、高層ビルに新築戸建て……。誰もが日々、当たり前のように使うインフラや建築物にも、それらをつくり、支える人たちがいる。世は「働き方改革」全盛の時代─。その大波は建設業界にも押し寄せる。だが、目先の労働時間削減だけでなく、直視すべきは深刻な人手不足や高齢化、上がらぬ賃金などの課題だろう。インフラや建築物は、まさに日本の「機能」であり「国土」そのものでもある。“これまでの”当たり前を、“これからも”続けていけるのか─。その分水嶺にある今、どのようにして国土を守っていくべきか、立ち止まって考えたい。


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