2024年12月22日(日)

MANGAの道は世界に通ず

2024年3月9日

『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』と『フリーレン』

 この旅の過程で、フリーレンは、ヒンメル達と、さまざまな美しい思い出に触れ、ハッとしたり、慰められたり、学ぶ機会を得ることになるのだが、この物語の構造は、近年に世界的大ヒットを飛ばしたゲームソフトと重なる。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(BotW)』(任天堂)だ。

 任天堂が2017年に発売した『BotW』は、広大な世界を自由に動き回られる、ゼルダシリーズでも非常に特徴的な「オープン・エアー」をコンセプトとした作品だが、最も目を見張るべきは、「ゲームを進めるごとに記憶を取り戻し、過去の美しい思い出に触れていく」というゲームシステムだ。

 これにより、記憶喪失となった主人公リンクに、プレイヤーは完全にシンクロ(同調)することができ、圧倒的な没入感と感情移入を持ったまま、ゲームは進行していく。ファンタジーの世界ながら、これだけ自己投影が可能な仕組みを発明した任天堂には頭が下がるばかりだ。

 さてこのシステム、まさにフリーレンの作品構造そのものと、合致してはいないだろうか。フリーレンは、旅の過程で、過去にヒンメル達と訪れたさまざまな場所や、交流した人々と触れ合い、その追憶の最中、さまざまな哀愁にふけっていく。

「かけがえのない10年間」だったことがいよいよ分かり、より大切にしながら、人の心を理解し、成長していくのだ。つまり、フリーレンは貴重な思い出があるからこそ、充実した余生を過ごすことができている。そしてここに、物質的な価値は潜んでいない。

 これこそが、書籍『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』が説いた、人生の本質の一つであり、「物質より経験を重視する(モノよりコト)」ということだ。同書が引用する、「物質的購入と体験型購入の幸福度の差(出典:Van Boven and Gilovice,2003)」では、【体験型消費のほうが物質的消費よりも大きな満足感を人に与える】ことが統計で示されている。

 これはつまるところ、高級ソファーを買うと「地位が上がったことによる一時的満足」は得られるが、すぐに飽きてしまい、より高級なもの、よりステータスがあがること、を求めてしまうことが背景にある。地位の向上には際限がないのだ。

 逆に、なけなしのお金をはたいて行った、友人たちとのスキー旅行。これは一生ものの思い出となり、思い出す旅に筆者の幸福感に良い影響を与えている、と記されている。同様のことは皆さんも体験したことがないだろうか。

 筆者はこのように述べる。

「次回、お金が使いたくなりウズウズした時には、モノより経験を買うほうが大きな快楽へとつながる投資であることを思いだしてほしい。私達が所有するモノの魅力は、地位がリセットされたとたんに失われていく。しかし、わたしたちがするコトは肉体の一部に変わる。肯定的な経験は、友だちや家族に語る物語──もっとも貴重な思い出──を与えてくれるだけでなく、経験が終わったあともずっと満足感を生みだしつづける」

 フリーレンが2度目の旅の過程で理解していったことを、端的に述べてくれているのがこの部分だ。

 合理性や経済的指標を重視しがちなビジネスマンほど、ストック可能な物質的資産への投資に目が向きがちだ。もっとも、高級品の購入を否定しているわけではなく、経験型の理由(ジャガーの新車で曲がりくねった田舎道を走ってみたい)でモノを買う場合には、同様の構造が成り立つので安心してほしい。

 だが、何より「最高のゼロで死ぬため」に、いかに、若いうちから良質な経験に投資するかが重要かということを、ぜひ、フリーレンを通して学んでみてほしい。モノに向きがちな資本主義の時代だからこそ、意識してコトに向かうのが重要だ。フリーレンは、現代の生き方の強烈なアンチテーゼになっている作品である。

連載が書籍化!!『武器としての漫画思考 』(PHP研究所)

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