この融資に対してバグダッドは一度も頭を下げることはなかったが、彼の気持ちは私には伝わった。お互いに目を見れば全てが分かる人間関係になっていたからだ。薄々は気がついてはいたが、後で工場の経理担当者に聞いたところ、この融資の使途は、遅配されていた従業員の給料や、対ロシアへの残債の穴埋めに使われたとのことだった。その後、TMKの生産量は増加してチタン市況の上昇もあって、返済時期を前倒しにして金利と共にわずか2年で完済された。
当時の日本のチタン需要量は約2万トン超だったが、航空機産業の活況から長く続いたチタン不況が一転してチタン原料が不足してきた。誰も予想していなかったがチタン市況が高騰し始めたのだ。そんな時にカザフから7000トンものチタンを輸入することが出来た。日本の需要の約3分の1の輸入量で、日本のために絶対に確保しなければならないという使命感で交渉に臨んだ。
それまではせいぜい2000トン止まりだった取引が、一気に7000トン(約70億円相当)の契約を一発でサインした。当時は日本との連絡手段がなかったためにたった一人で決断を迫られた。1日遅れれば全量アメリカに流れるという状況の中で、バグダッドは私に対する全幅の信頼をしてくれた。この時の事は思い出すだけで胸が熱くなってくる。
この7000トンは日本にとっては恵みの雨になった。これで市況を冷やすことが出来たのがチタン業界にとっては幸いであった。お互いに目と目を見て判った男の覚悟がビジネスの追い風になった。私が経験した事は人を見て信用するかどうかということだ。幸運は向こうからやって来るものではない。環境を整えて、事前に手を打っておかなければ良い仕事は出来ないと確信している。何よりも未来を見据えた抜本改革で原料を確保した投融資が奏功したと言える。バグダッドとの出会いが私の人生を大きく変えたと思っている。
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