人の手を借りる力
前回、前々回と、東京・世田谷にあるコーシャハイム千歳烏山(以下、コーシャハイム)を拠点に行われている健康体操をご紹介した。
体操は、月に一回、シニアを中心として生まれたグループ「ななつのこde運動し隊(以下、運動し隊)」が行っているものだが、運営には非営利団体「実家なんとかし隊」や、「公益財団法人世田谷区保健センター(以下、保健センター)」や、「あんしんすこやかセンター(世田谷区の地域包括支援センターのこと)」、さらに「世田谷区社会福祉協議会」、「JKK東京」「一般社団法人ななつのこ」なども力を貸しているとわかった。
こうしたたくさんの団体・組織からの協力が得られている結果、「運動し隊」の体操はスムーズに継続できているという印象を私は受けたのだが、それができたのは、「実家なんとかし隊」代表の柴﨑さんの采配力によるところが大きいとも感じられた。つまり、さまざまな組織の支援について知っている人が手伝ったので、運動し隊は良い形で運営できる力を結束させることができたのではないかと思ったのだ。
そう考えると、高齢者グループが自主的に活動を行う場合、その下の世代がいかに関わるかというのが肝になるとも感じた。その場合、支援について知っているのは大切な一つだろうが、たとえ知らなくても、「労を取って調べる」「時間を割いて協力する」などはできるのではないかと思った。
もうひとつ、柴﨑さんの動き方を見ていて感心させられたことがあった。それは、「人の手をちゃんと借りている」ということだ。
たとえば、初参加の時から私もスタッフのような動きをさせていただいたのだが、そのおかげで、会での居心地は良かった。「ここにいる理由」や「いていい理由」が見つかった気がしたから。しかも2回目の参加以降は始めから「手伝いに来てくれた人」と紹介され、開始早々、記録用の撮影を頼まれたりもした。
他の参加者たちを見ていても、初参加の立場であっても、片付けを率先して行うようにいざなわれたり、雰囲気的にみんなで一緒に会場の掃除を行うようになっていて、見知らぬ同士でも自然に声を掛け合えたり、ほっとした顔になれたりが、スムーズにできていたように感じた。
運動を目的とする集まりに、「運動がしたい」という単純な理由だけで参加するのも、もちろんいいだろう。しかし「役割があることで、参加しやすくなる」人がいるというのも、また事実。役割があることで、自分の立場がお客さんではなく、会を運営している一人だという自覚が無意識にせよ刷り込まれるし、それがあると、「ここは自分の居場所だ」と実感できるのではないかと思ったのだ。そしてそうした感情こそが、再び会に足を運ぶ原動力につながるのだろうなと私には感じられた。
退職後に習った太極拳
そんな「役割」の「究極形」と言えるかもしれない一つが、スタッフや先生になることだろうか。参加した健康体操では、実際に先生役を担っていた高齢者2人にも出会えた。ご紹介しよう。まずは、「運動し隊」メンバーの小出郁子さん(70代)。
小出さんが太極拳を習い始めたのは、実は50歳の時だとか。世田谷区の別の地区に生まれた小出さんは、経営していた洋裁店を畳んだのを機に仕事を止め、介護ボランティアを始めると共に太極拳を習い始めた。運動不足を解消する目的だった。
その後、研鑽を積み、10年後には指導員の資格を取得。今は所属している団体から派遣される形で、週に2つ、2時間の講座を受け持つ。
「人から何かを習うのは何歳になっても楽しいですね。教えるのは緊張しますけど、緊張が伝わらないように、力を抜いてやっています」(小出さん、以下同)
ななつのこと縁ができたのは、この地区に引っ越してきたおよそ10年前。
別の運動教室で知り合った人に声をかけられて、ななつのこで草花を植えるボランティアを行うようになり、その縁で「運動し隊」のスタートメンバーにもなった。
ななつのこでも太極拳を教えることになったのは、「人気メニューを取り入れることで、メンバーを増やしたい」と考えたメンバーに提案されたから。
そのため、健康体操には習う立場で参加して、太極拳の時は教える立場に切り替わる。
「教えるようになってから、『前はここまで教えたから、次はこうしよう』なんて、何日も前から内容を組み立てて、頭を働かせています」と小出さん。
メンバーの目論見通り、太極拳は人気のメニューとなり、4月からは健康体操の時とは別に、さらに毎月1回の教室を定期開催することになった。
「太極拳の動きを説明する時に体のつくりを一緒に伝えたりするのですが、きちんと伝えるために本や資料を読んで準備しています」と、小出さん。
なお、小出さんがななつのこで教える時は、「運動し隊」から一定の謝礼が支払われている。