先入観や偏見を持ちやすい職業
「若月さん、本書で時折ご自分も副業体験していますよね。1枚2円のチラシを配布するポスティングとか、物流倉庫とか。その中にラブホテルの清掃業もありましたが、その職種を選んでみたのは、なぜでしょう?」
ラブホ清掃は、デリヘルの送迎やキャバクラのキッチン作業などと同じく「夜のしごと」の章に区分けされている。
「先入観や偏見を持ちやすい職業ってあると思うんです。ラブホテルの仕事もそうですね、よく知らないから。中高年おじさんにも私にも一見ハードルが高そう。だから思い切って飛び込んでみようと思いました」
ベッドメイクやシャワー室清掃などを、20代の女性と50代の男性と3人一組で受け持ち、時給1050円で午後2時から夕方まで数時間働いた。
「人間の裏側を見たというか、新しい世界を知った高揚感があり、なかなか面白かったですよ」
副業おじさんの中で一人、特殊詐欺に合い2000万円以上を失ったという人がいた。北関東在住の54歳の会社員である。
趣味のユーチューブにツィッター(現X)で若い女性の応答があり、暗号資産(仮想通貨)への投資を持ちかけられたのだ。当初かなり儲かったと思い込んでいたが、口座に移そうとしたら口座凍結。悪質な詐欺だった。
「55歳で収入が頭打ちになってしまうので副業による増収を図ったら、騙されてしまった?」
「そうです。副業をお金儲けのためだけに、と考えて性急になると失敗しやすいと思いますね」
若月さんの観察では、副業には向いている人と向いていない人がいるそうだ。
「向いていない仕事に出会っても、簡単にめげず、諦めない人。キツイ言い方をすれば、やや鈍感で、無神経な人。そういうタイプが副業向きではないかと感じます。人生100年時代ですからね、1度や2度失敗しても気持を切り換えて何度もチャレンジしないと」
「今回、約100人の中高年男性を取材されて、その中から30人を選んで副業の実態を描かれたわけですが、若月さんが著者として一番印象深かった人というと誰ですか?」
「やはり、地方都市の原発で警備員をしていたBBさんでしょうね」
被取材者は全員アルファベットで表記されるが、巻末近くに登場するBBさんは61歳。
大学で美術教師に憧れたものの、卒業後は印刷会社の広告デザイナーになった。しかしリーマン・ショックで会社が左前になり、50歳前に地元の原発警備員の会社に転職した。
「年収350万と収入が低いため、10近い副業を巡り歩き、3年前に放課後等デイサービスの児童指導員の副業に辿り着いたわけですね?」
障害を持つ小、中、高校生が放課後に通う学童保育のような施設だ。BBさんはそこで週2日、各3時間働く。時給は1050円。アニメキャラを描いて子どもたちに喜ばれながら、難しい職務をこなし、「子どもたちを伸び伸び過ごさせたい」と淡々と話す。
「気負いがなくて、優しくて。やっと自分の居場所を見つけたという気持ちがこちらにも伝わってきて、何というか、インタビューしながら私、思わず泣いちゃいました」
エッセンシャルワーカーへの理解を深める
エピローグで若月さんは、副業体験が中高年男性にとって「未知との遭遇」になり、特に、介護、医療、教育、清掃、ドライバー、接客など、この社会のエッセンシャル・ワーカーの仕事の見直しにつながると指摘した。
「社会に必要だけど低賃金、そこにホワイトカラーのおじさんの目が向いた?」
「ええ。女性が多く関わってきた分野ですが、軽視されがち。でも“ありがとう”“お疲れさま”と感謝される仕事です。やりがい、はある。そして社会が回るには絶対必要な仕事です。AIの普及でサラリーマンのオフィスワークもこの先減るかもしれません。その時、エッセンシャル・ワークの分野が就職先として改めて見直されるかもしれませんよね」
おじさんが副業で、これまでとは違う世界を体験すると、「働くとは何か?」という根源的な問いが浮上してくるのであろう。