秋田茂さんの『イギリス帝国盛衰記』(幻冬舎新書)は、サブタイトルに「グローバルヒストリーから読み解く」とある。
本書によれば、グローバルヒストリーとは「新しい歴史学」だ。従来の世界史は、西洋諸国を中心とした一国史の寄せ集めだった。狭い地域のタテの関係が基軸となる。
だが21世紀に台頭したグローバルヒストリーでは、同時代の遠隔地、西洋以外の地域を含めた地域とのヨコの関係を重視し、扱う期間も長期であり、広域な気候変動なども取り込む。
その世界史がイギリス帝国史に代表されるのは、16世紀以降の近・現代史において、イギリスこそがヒト、モノ、カネ、情報の世界システムの中核を占めてきたからだ。
著者の秋田さんはイギリス史が専門。グローバルヒストリー関連では約10年前に『イギリス帝国の歴史―アジアから考える』(中公新書)を出版したが、今回はグローバルヒストリー研究の最新成果を反映させると共に16、17世紀の諸地域関係史や19世紀以降の著述を補強した、とのこと。
「16世紀のイギリスは、本書によれば“ヨーロッパの片隅の2流国”ですよね。ただ、1534年にヘンリー8世がイギリス国教会を設立し、独自の新教路線を敷いたため、当時の欧州の苛烈な宗教戦争から免れることができた?」
「ええ。16世紀は旧教(カトリック)のスペインが世界を支配した時代です。イギリスは小国でしたが私掠船(海賊船)が暴れ回り、新大陸へも盛んに進出を始めました」
次の17世紀はオランダ覇権の時代である。イギリスではメアリ2世がオランダ王ウィレム3世と結婚したので、豊かなオランダと同君連合になる名誉革命(1688年)によって、王権よりも議会が優位に立つ立憲君主制の基礎がこの時に築かれた。
世界を席巻した日本の「銀」
「グローバルヒストリーでは、16~17世紀に日本の石見銀山の重要性も見直されたとか?」
「そうです。17世紀初期に、世界の銀流通量の約3分の1が石見など日本産の銀でした。銀主流の時代に、日本の銀が博多や長崎経由で中国に流入したことは、日本史専門家は知っていましたが、世界史では新たな知見ですね」
従来の世界史では、南米(現、ボリビア)のポトシ銀山しか取り上げられなかったのだ。
18世紀のイギリスは、グローバルヒストリーでは名誉革命からワーテルローの戦いまで(1688~1815年)と長期に亘る。その前半は植民地や領土の拡大期、後半は西から東へのシフト、インドへの進出期だった。
「18世紀にはアメリカ独立(1775年)もありますが、やはりイギリスといえば産業革命?」
「産業発展モデルはイギリス以外の国にもあるとか、実際は1世紀にも及ぶ期間で革命と呼べないなど異論もあります。でも私は、人類史に与えたインパクトから考え、イギリス産業革命は特筆していいと思います」
アジアの方が西洋諸国より豊かだった
もっとも、世界商品であったアジア産の綿布を本場インドより安く生産するためイギリスが蒸気機関などを使い機械化を図ったことは、とりもなおさず「それまではアジアの方が西洋諸国より豊かだった事実を示す」と指摘する。
明や清の帝国、ムガール帝国やオスマン帝国など、18世紀までの帝国は東側中心だった(だからこそ西洋諸国は富を求め大航海時代が始まった)。
19世紀は、イギリスのルールで世界が動いた「イギリス帝国の黄金時代」である(イギリスは前世紀にスコットランドを併合しグレートブリテン、連合王国となっていた)。
「19世紀前半にイギリス帝国は海を支配して自由貿易ネットワークを広げ“世界の工場”となりますね。ところが後半には、自国の農業や工業を切り捨てて、“世界の銀行家”へと転身を果たします。その理由は、1869年のスエズ運河開通やアメリカ大陸横断鉄道だった?」
本書では、インドやアメリカからの安い小麦の大量輸入、自治領オーストラリアからの羊毛や食肉の輸入などの影響が列挙される。
「自国でモノを作るより輸入した方が安価、という現実的な政策ですが、比較優位な部門に力を集中するという面もあります」
イギリス帝国は、公式植民地としてカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの自治領、それにインドや海峡植民地(マレーシア、シンガポール)などを抱えていた。非公式帝国には中国や南米諸国も含まれる。
それらの地域の公債や公共事業に投資すれば、莫大な利子や配当収入が得られたのだ。
「ロンドンのシティは、イングランド銀行が国債を引き受け18世紀から世界金融の中心でしたが、公式・非公式植民地の拡大で、ますます影響力が肥大したのです」