2024年4月30日(火)

BBC News

2024年4月15日

イギリスではこのほど、18歳未満に提供するジェンダー(性自認)関連治療についての報告書が発表された「キャス報告書」は、ジェンダー治療分野における研究不足が、国内の子供のニーズに応えられない結果になっていたと指摘した。

イギリスではしばしば、トランスジェンダー(出生時の身体的性別と性自認が異なる人)の人の権利が議論の的となっている。

とりわけ、それが女性の権利にどう影響するのかについて、時には司法闘争や抗議デモ、言論の自由に関する議論に発展する場合もある。

性自認とは トランスジェンダーとは

性自認とは、自分の性別をどのように認識しているかを示す概念。トランスジェンダーの人の性自認は、出生証明書に記録される身体的性別とは異なる。

トランスジェンダー男性は、出生時に女性と記録されているが、自分を男性だと認識している人を指す。

トランスジェンダー女性は、出生時に男性と記録されているが、自分を女性だと認識している人を指す。

トランスジェンダーは「トランス」と略される場合もある。

性別違和とは、自分の身体的性別と性自認の差異に「不安や不満」を感じる状態を指す。

自分の性自認について、男性か女性のどちらか一方だと考えない人たちは、自分自身をノンバイナリーと説明することがある。

新生児の性別は、身体的特徴を元に男性か女性と記録される。しかし、生まれつき染色体やその他の身体的な違いがあるために、複雑な判断が必要な場合もある。こうした人たちはインターセックスと呼ばれたり、性分化疾患(DSD)があると説明される。

イギリスのトランスジェンダー人口

2021年の国勢調査によると、イングランドとウェールズでは16歳以上の26万2000人が、自分の性自認は生まれた時の性別とは異なると答えた。

ただし、一部の研究者は、質問が正しく理解されていない可能性があるため、この数字は過大評価ではないかと懸念を示している。

これについて英国家統計局(ONS)は、質問が正しく理解されていないという事態があるかは不明だとした上で、調査結果は正確に処理されており、他の推定値とほぼ一致していると述べている。

イギリス政府が2018年に発表した推計では、イギリス全体でトランスジェンダーを自認する人は20万~50万人ほどいると考えられている。

トランスジェンダーの人々の選択肢

イギリスでは、多くのトランスジェンダーの人が自ら選んだ性自認で暮らし、服装や名前、代名詞などを変えている。

ホルモン治療や外科手術を受ける人もいる。公的書類の性別表記を変更する申請も可能だ。

こうした社会的、身体的、法的な変更は「トランジション(性別移行)」と呼ばれる。

2004年に可決されたジェンダー認定法では、イギリスの成人は以下の条件を満たせば、ジェンダー認定証明書(GRC)を取得できる

GRCを取得すると、出生証明書や婚姻証明書、死亡証明書などに新たに獲得した性が記録される。

運転免許証やパスポート、医療記録などの性別変更には、GRCは必要ない。

他方、イギリスでは法的書類に記載するジェンダーにノンバイナリーは含まれていない。

これまでにイングランドとウェールズ、スコットランドで合わせて7000件ほどのGRCが発行されている。

キャス報告書とは?

イギリスの国民保健サービス(NHS)イングランドは10日、18歳未満に提供するジェンダー関連治療についての報告書を発表した。

この報告書は、小児科医のヒラリー・キャス医師が2020年、NHSイングランドから委託され、調査してとりまとめたもの。

報告書では、NHSがこれまで、不十分な研究と「非常に乏しい」科学的根拠によるケアを行っており、子供たちが必要とすることに「十分応えてこなかった」と指摘した。

また、若者へのジェンダー治療の質を、NHSが提供する他の治療と同水準まで引き上げる必要があると述べた。

キャス医師はBBCのラジオ番組で、現場の臨床医たちはジェンダー関連治療について「ガイダンスも科学的証拠も訓練もない」状態にあることを懸念していると語った。さらに、ジェンダーにまつわる「有害な」議論が、専門家によるオープンな議論を妨げていると指摘した。

388ページにわたるキャス報告書では、子供や若者向けのジェンダー・サービスの運営について、32の改善点を勧告している。

NHSイングランドは報告内容について、すでにサービス改善のために著しい進展を実現していると述べている。

GIDSとキャス報告書

NHSではこれまで、子供や若者のジェンダー治療を取り扱う唯一の専門機関として、「性自認・発達サービス(GIDS)」をイングランドとウェールズで運営していた。

ジェンダー関連の苦痛を抱える若者のアセスメントを行い、治療の紹介やサポートを提供していた。

しかし2020年、NHSから独立した病院監査・評価機関から「不適格」と格付けされ、GIDSは2024年3月に閉鎖された。

監査機関は当時、記録管理の問題、臨床医のアプローチの一貫性のなさ、リーダーシップの欠如などを指摘していた。

2022年にはキャス医師がGIDSに関する中間報告書を発表。未成年のジェンダーケアを単一の機関に任せることは「安全で実行可能な長期的選択肢ではない」と指摘。その直後に、GIDSの閉鎖が発表された。

18歳未満が受けられるジェンダーサービスは

2024年4月以降、18歳未満の人が受けられる新しいジェンダー・サービスが発足した。

NHSイングランドでは現在、ロンドンなど2カ所の小児病院にハブを設置。今後さらに6カ所増やすとしている。

新サービスでは、心身の健康だけでなく、性自認に関する感情的、心理的、社会的な側面もサポートするという。

スコットランドや北アイルランド、ウェールズでも、それぞれジェンダー関連の医療サービスを受けられる場所が提供されている。

ホルモン治療について

トランスジェンダーの人の中には、自分の身体的特徴を変え、自分の身体が性自認と一致しないことへの苦痛を和らげるために、ホルモン剤を服用する人がいる。

NHSは今年3月、GIDSに代わる新しいサービスでは、主にテストステロンやエストロゲンといったホルモン剤を処方できると発表した。「16歳の誕生日前後」から一定の基準を満たした患者が利用できるようになるという。

NHSによると、ホルモン剤の長期使用は、血栓や体重増加、にきび、脱毛などの副作用があり、不妊の原因になることもあるという。

これについてキャス報告書は、18歳未満へのホルモン治療は、「細心の注意」のもとで「明確な臨床的根拠」がある場合にのみ限定されるべきだと警告している。

「思春期ブロッカー」について

NHSイングランドはすでに、性自認が苦痛の原因となっている子どもに対して、第二次性徴を抑制するホルモン剤(通称「思春期ブロッカー」)の処方を標準治療としていない。

NHSイングランドの検証では、こうした治療が「安全で効果的」だと証明する十分な証拠がないことが判明した。

キャス報告書も同じ見解を示しており、思春期ブロッカーを服用した患者の長期的な結果についても研究を進めるよう勧告している。

性別に悩む子どもに、新たに思春期ブロッカーを処方することは、現在では臨床試験の一部としてのみ推奨されている。こうした臨床試験の詳細はまだ確定していない。

思春期ブロッカーは、胸や顔の毛、喉ぼとけの発達など、思春期の身体的変化を遅らせたり抑えたりするものだとNHSは説明している。

現在、NHSで処方されている思春期ブロッカーを使用している子供は100人未満で、この子供たちは引き続き服用することができる。

教育省のトランスジェンダー・ガイダンス

2023年12月に発行された教育省によるガイダンスでは、生徒が学校で性自認を変えたいと言った場合、イングランドの教師は親に伝えるべきだとしている。

このガイダンスに強制力はないものの、「ほとんどのケース」で親への伝達が必要だと定めている。

一方で、親への情報開示が生徒への被害を生む「多大なリスク」を含む少数のケースにおいては、情報を留保することもできるという。

また、生徒が新しい名前、代名詞、制服を使いたい場合、学校は「非常に慎重なアプローチをとる」べきだとしている。

北アイルランドでは2019年に、スコットランドでは2021年に、それぞれ法定外の学校用ガイダンスが発表された。ウェールズ政府はまだガイダンスを発表していない。

トランスジェンダーの権利と女性専用スペース

さまざまなグループの権利のバランスを社会的にどう実現するか、議論が続いている。

その多くは、トイレや家庭内暴力(DV)被害者のシェルター、刑務所といった女性専用スペースへのアクセスに焦点が当てられてきた。

最近では、トランス女性がスポーツの女子種目に参加することについても議論がある

トランスジェンダーの人は、自分の性自認に沿ったサービスや施設を利用したいと思っているかもしれない。一方、出生時の性別で分けるべきだと主張する人たちもいる。

イギリスの2010年平等法は、性別適合や性別を含む、保護対象の特性を持つ多くのグループを特定し、差別から保護している。

しかし、プライバシーや安全など、「正当な目的を達成するための適切な手段」である場合には、男女別のサービス提供者はトランスジェンダーの人々を排除することができる。

しかし、この法律は明確に理解されておらず、女性の性別に基づく権利が脅かされているという声もある。

イギリスの平等人権委員会(EHRC)は、平等法における「性別」の定義を「生物学的性別」に改正することは、検討の継続に値すると助言している。

そうなれば、GRCの有無にかかわらず、特定のスペースを男女別とすることがより簡単になる。

イギリス政府はこの助言を検討している。

(英語記事 What does trans mean and what is the Cass Review?

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c9rzgexn444o


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