2024年9月29日(日)

2024年米大統領選挙への道

2024年6月13日

かん口令違反を続ける意図

 以上は、直接の裁判に関することであるが、裁判プロセスを通じて、トランプ前大統領は意図的に裁判批判をして、この裁判の不公正さを支持者に訴えてきた。それに対して、マーチャン判事はかん口令を出したが、トランプ氏は意に介さず批判を繰り返した。

 例えば、トランプ前大統領は、マーチャン判事、判事の娘およびアルビン・ブラッグ検事など裁判関係者を、自身の公式のSNSや演説で、激しく非難した。マーチャン判事の娘は、民主党への政治献金を集めているからだ。

 また、米CNNによれば、マーチャン判事は前回の米大統領選挙で、民主党に35ドル(約3700円 当時の年間平均のレート1ドル107円で計算)の政治献金をし、内15ドル(約1600円 同上)をバイデン候補(当時)に献金した。トランプ前大統領は、同判事を「腐敗した判事」および「利益相反の判事」とレッテルを貼って攻撃をしている。

 マーチャン判事は、かん口令を無視し、裁判関係者を公の場で批判し続けるトランプ前大統領に対して、4月30日9000ドル(約141万円 1ドル156円で計算)の罰金を課した。さらに、トランプ氏に対して、かん口令を破り続けると「収監のリスクがある」と強く警告を発した。

 有罪評決を受けても、かん口令は有効であったのにもかかわらず、評決の翌日、トランプ前大統領はニューヨークのトランプワターで会見を開き、マーチャン判事を「悪魔」と呼び再び批判を行った。

 トランプ前大統領に反省の色は全くない。なぜ、トランプ氏は、裁判長であるマーチャン判事に敬意を示さず、かん口令を破って、裁判関係者を繰り返し批判するのか。

 第1に、支持基盤の結束を図る意図がある。それは、裁判自体が「魔女狩り」「政治的迫害」並びに「バイデンが司法機関を使って仕組んだもの」であると、支持者に信じさせる必要があるのである。

 第2に、司法の権力に対抗する「強い人間」を演出している。トランプ氏は20年米大統領選挙の結果認定の手続き妨害など4件で起訴されたとき、支持者に向かって「私はあなたのために起訴された」と語った。支持者のために戦うというメッセージを発信したのだ。

 有罪評決後、トランプ前大統領はUFC(総合格闘技)の試合を観戦した。ここでも格闘技が好きな支持基盤に、司法と戦うというメッセージを送った。

 第3に、第2と関係があるのだが、トランプ前大統領は16年米大統領選挙で使用した「沼(swamp)」と戦っているというイメージを強化している。比喩であり陰謀論とも捉えることが可能なこの「沼」は、政府内にある「闇」を指し、トランプ支持者の間に広く浸透している。

民主主義の破壊者

 トランプ前大統領は6月2日の米FOXニュースとのインタビューの中で、7月11日に自宅軟禁ないし禁固刑が言い渡された場合、「国民が我慢するとは思わない。国民が受け入れるのは難しいだろう。どこかの時点で我慢の限界を迎える」と語った。

 国民とは全国民ではなく、トランプ支持者を指す。トランプ前大統領は支持者による暴動を示唆したのだ。上記の発言を聞いたトランプ支持者が、トランプ氏は暴動の準備を促していると解釈しても無理はない。

 2020年米大統領選挙におけるバイデン副大統領とのテレビ討論会で、トランプ大統領(共に当時)は極右団体プラウド・ボーイズに向かって、準備を整えておけという意味を込めて「下がって待機せよ」と明確に伝えた。

 これらのトランプのメッセージをわれわれは、深刻に受け止めなければならない。というのも、米国民の中に、暴力を正当化する国民がいるからだ。米公共ラジオ、公共放送およびマリスト大学(東部ニューヨーク州)の全国世論調査(24年3月25~28日実施)では、「米国人は米国を正しい軌道に修正するために、暴力に訴えなければならないかもしれない」という声明に対して、全体で20%が「支持する」と回答した。党派別にみると、共和党支持者は28%が「暴力容認派」であった。

 トランプ前大統領は、自分が今回の大統領選挙で敗れれば、「流血の惨事になる」と警告した。共和党支持者内の暴力容認派である約3割が、トランプ前大統領の暴力を示唆する発言の意図をくみ取り、実際に暴力に訴えるかもしれない。

 また、もう1点「我慢限界点」の発言で、指摘したいことがある。それは、トランプ前大統領が量刑を言い渡すマーチャン判事に「圧力と脅し」をかけたことだ。自宅軟禁ないし禁固刑を出せば、暴動が発生し、米国社会が混乱する――その責任は、すべてマーチャン判事の量刑にあることになると、トランプ氏は言いたいのだ。 

 21年1月6日に発生した米連邦議会議事堂襲撃事件では、トランプ支持者はマイク・ペンス副大統領(当時)を絞首刑にするように呼び掛ける言葉――「ハング・ペンス」を連呼しながら、ペンス氏を探し回った。ペンス氏は、トランプ前大統領から選挙結果の認定の手続きを覆すように迫られたが、それを拒否していた。議事堂内にいたペンス氏と家族は、警護スタッフの誘導で辛うじて難を逃れた。

 マーチャン判事がトランプ前大統領に禁固刑を言い渡せば、暴動が起き、トランプ支持者が「ハング・マーチャン」を連呼する――マーチャンの身に何が起こるのか。トランプ前大統領にはマーチャン判事に暴動を連想させ、自宅軟禁と禁固刑を阻止する狙いがあると言ってよい。

 ただ、バイデン大統領と同様、マーチャン判事はトランプ前大統領を怖がっていない。

 さらに、トランプ前大統領の「我慢の限界点」発言は、民主主義の屋台骨である「司法」「行政」「立法」の三権分立を揺るがす重大発言であると言える。トランプ前大統領は確固たる根拠なしに、バイデン大統領が司法機関を利用してトランプ氏を起訴したと訴えている。

 しかし、トランプ前大統領のこの発言こそが、支持者を利用して暴力に訴え、裁判関係者を脅し、自身の支配下に司法機関を置くという極めて危険な思考に基づいたものである。民主主義を破壊する行動と解釈することが可能だ。


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