翌22年8月には、現役の米下院議長としては25年振りとなるペロシ下院議長の訪台があり、これに対し中国側は台湾を取り囲むような形で大規模な軍事演習を実施した。一方、その3カ月後のインドネシア・バリにおけるG20サミットの際に米中首脳会談が行われ、米中関係の悪化で「底が抜けない」ようにするために、戦略的な対話チャネルを立ち上げることが合意され、両国関係が表面上は緊張緩和されると思われた。が、23年2月に、中国の偵察気球が米国上空で発見され撃墜され、予定されていたブリンケン国務長官の訪中は延期された。
カギを握る「秘密」チャンネル
ここで出てきたのがサリバン国家安全保障担当大統領補佐官と楊潔篪の後任として22年10月の共産党大会で国務委員になった王毅との間の「秘密」チャネルである。第一回の両者の会合は23年5月にウィーンで行われ、①台湾問題、②米国の意図(競争と紛争・共存との関係)、③輸出規制問題を中心に、率直で詳細な対話が行われた。王毅とサリバンとの相性が悪くなかったこともあり、この対話が、その後の米中関与の場となる。
ウィーン会合を受け、延期されていたブリンケン訪中は23年6月に実現した。さらに、23年9月には、マルタで王毅・サリバンの第二回秘密会合が行われ、この場で23年11月のサンフランシスコAPEC首脳会談の際の米中首脳会談実施に向けた地ならしが始まり、最終的には、23年10月の王毅訪米で決まった。
ペロシ訪台後に中国側により閉鎖された両国の軍の間のチャネル再開は、23年11月のサンフランシスコ米中首脳会談で合意されたものだが、実質的には、同年9月の第二回王・サリバンのマルタ秘密会談で合意されていたと言われる。
サンフランシスコ首脳会談の成功を受けて、本年1月には、第三回秘密会談がバンコクで行われ、その後8月にはサリバンが訪中し、そして、今回の軍対話の実現となる。さらに、この記事でも触れられているように、この秋には、ペルーAPECかブラジルG20のどちらかの機会に、再度米中首脳会談を行うべく準備が進んでいるようだ。