2024年10月17日(木)

BBC News

2024年10月17日

サラ・レインズフォード東欧特派員(ブチャ近郊)

ブチャでは暗闇が訪れると、魔女たちが現れる。なぜなら、ロシアの攻撃ドローン(無人機)が群れをなして飛来し始めるからだ。

自分たちを「ブチャの魔女たち」と呼ぶのは、ほぼ全員が女性で構成された志願兵による防空部隊だ。男性たちが前線に送られる中、ウクライナの空を守るために活動している。

撃墜しなくてはいけないドローンも増えている。ロシアはミサイル攻撃に先立って、ウクライナの主要な防衛システムを圧倒しようと、大量に飛ばすことが多い。

夜勤のため、女性たちは教師や医師、あるいはネイリストといった昼間の仕事と、自国を守る仕事を両立させることができる。

女性たちの多くが、これはロシア軍がブチャを占領した際の無力感を克服する方法だと語る。

ロシアは2022年2月の全面侵攻開始直後、キーウに近いブチャを占領した。数週間にわたる殺人や拷問、拉致といったブチャの恐怖の物語は、3月末にウクライナ軍によってこの街が解放された後にようやく明らかになった

空襲と古い武器

獣医のワレンティナさんは、「私は51歳で体重は100キロ、走ることもできない。きっと追い出されると思っていたが、受け入れてくれた」と話した。ワレンティナさんはこの夏、ドローン撃墜部隊に加わり、現在ではコールサイン「ワルキューレ」を持つ。

ワレンティナさんは、前線に配属された友人や戦闘で命を落とした人々について語り、それが自分がこの役割に就いた理由の一つだと話した。

「私にもできる。キットは重いけど、私たち女性にもできる」

この数時間後、地域全体に空襲警報が発令され、ワレンティナさんは自分の言葉を証明することになった。

部隊は森の中の基地から緊急出動し、私たち取材班は暗闇の中、畑の真ん中に向かってでこぼこ道を走る彼女たちの車両を追った。4人一組のチームが車から飛び降り、武器の準備を始める。

彼女たちの使う機関銃は別の時代のものだ。1939年製のマキシム機関銃2丁、弾薬箱にはソ連時代の赤い星の刻印がある。

このチーム唯一の男性であるセルヒイさんは、冷却剤となるボトル入りの水を手作業で注ぎ足さなければならない。

これがすべてだ。ウクライナの最良の装備は最前線にあり、支援国に常に追加を求めている。

それでも、古い武器は完璧に整備されており、「魔女たち」は夏以来、ドローンを3機撃墜したという。

「私の役割は、仲間のために音を聞くこと」とワレンティナさんは説明する。「神経を使う仕事だ。でも、集中して、どんな小さな音も聞き逃さないようにしなければならない」

ワレンティナさんの友人インナさんも50代前半で、今回が初めての出動だ。

「確かに怖い。でも出産だって同じで、私はそれを3回やった」とインナさんは笑いながら話す。コールサインは「チェリー」だと言う。「私の車が由来だ」。

数学教師のインナさんは、森から急いで戻って授業をしなければならないこともある。

「車の中に服を入れてあって、ヒールも置いてある。口紅を塗って授業をして、また車に戻って、角を曲がったところで急いで着替えて出発する」

「男たちは行ってしまったが、私たちはここにいる。ウクライナ女性にできないことなんてあるだろうか?  私たちは何でもできる」

地平線のどこかから、別の部隊がパトロール区域上空の危険を監視するために放っている光の筋がある。

志願兵部隊の総数や、女性がどれほど参加しているかについての公的なデータはない。しかし、ロシアがほぼ毎晩、爆発物を満載したドローンを飛ばしている中、女性たちは大都市の周辺に追加の防護壁を形成している。

畑で「魔女たち」が陣取った場所から、ユリアさんがタブレット端末で2機のドローンを追跡する。ドローンは隣接する地域の上空にあり、ブチャには差し迫った危険はないが、警戒態勢が解除されるまで、機関銃はそのままの状態が続く。

男性は残っていない

この志願兵部隊の指揮官は、ドンバス地方東部ポクロフスクから戻ったばかりの、体格の大きな男性だ。ポクロフスクは現在、最も激しい戦闘が繰り広げられている地域だ。

「花火がずっと鳴りやまないんだ」と、アンドリー・ウェルラティ大佐は笑顔で現地での様子を語る。

ウェルラティ大佐は以前、ブチャで200人ほどの隊員からなる移動式防空部隊を率い、夜間外出禁止令が敷かれている間、パトロールを行っていた。その隊員の多くは、完全な兵役には不適格だった。

その後、緊急に兵士の増員が必要となり、ウクライナ政府は動員法を改正した。その結果、ウェルラティ大佐の部下の多くがいきなり、最前線への派遣に適格となった。

「部下の約90%は軍に入隊し、さらに10%は隠れて、ネズミのように散り散りになってしまった。 ほとんど誰も残らなかった」

「足のない男たち、頭蓋骨が半分ない男たちだけが残った」

ウェルラティ大佐は選択を迫られた。動員年齢に達していない男性で補充するか、女性を徴兵するか――。

「『女性を連れて行こう!』なんて、最初は冗談のように思えた。軍隊では女性に対する信頼はあまりなかった。しかし、それは本当に変わった」と、ウェルラティ大佐は言う。

コントロールを取り戻す

「魔女たち」は週末を使って、より幅広い軍事訓練を受けている。私たちが訪れた日は、建物への突入訓練の初日だった。女性たちは農場の離れの廃墟で訓練を行い、空っぽのドアの前にライフルを突きつけ、慎重に前進する練習をした。

できばえは人に寄りけりだが、女性たちの献身と集中力は明らかだ。女性たちが訓練に参加する理由が、深く個人的なものだからだ。

「私は占領を覚えている。恐怖を覚えている。自分の子供の悲鳴を覚えている」と、ワレンティナさんは小さなため息をつきながら語った。「逃げているときに見た死体を覚えている」。

ワレンティナさんの家族は、燃え尽きた戦車や、兵士や民間人の遺体を避けながらブチャを脱出した。ロシアが設置した検問所の一つでは、兵士が車の窓を下げさせ、息子の頭に銃を突きつけたという。

ワレンティナさんは静かな怒りに満ちている。

ウクライナ全土に暗雲が立ち込める中、ほぼ1000日間にわたる全面戦争が続いているにもかかわらず、ワレンティナさんがウクライナの勝利を信じることをやめない理由もそこにある。

「生活は一変し、私たちの計画はすべて台無しになった。でも、私はこの戦争を終わらせるためにここにいる。ここにいるみんなが言うように、私たち抜きでは戦争は終わらないのだから」

軍用ブーツにライフルを携え、割れたガラスやがれきを片付けるアーニャさんも、志願した「魔女」の一人だ。現在52歳で、オフィスマネジメントの仕事をしているアーニャさんは、軍事訓練が力になると感じているという。

「占領下では、自分の存在がまったく無意味だと感じていた。私は誰の役にも立てず、自分自身を守ることもできなかった。少しでも役に立てるよう、武器の使い方を学びたいと思った」

指導官たちとの会話は弾む。女性たちは楽しんでいる。しかし、その夜遅く、森の中の拠点に戻ると、そのうちの1人がさらに打ち解けて、身の毛もよだつような話を明かした。

ブチャが占領されたとき、ロシア軍は家々を捜索し始めた。兵士は人々をレイプし、殺害した。そしてある日、占領軍が子供たちを殺しに来るといううわさが広まった。

「あの日に自分が決めたことによって、私はロシア人を絶対に許さない」と、この女性は打ち明けた。

この女性がした究極の決断について、ここでは詳しくは記さない。ただ兵士はやって来ず、彼女は決断に沿った行動をとることはなかった。しかし彼女はそれ以来、その瞬間と罪悪感に悩まされ続けてきた。

この女性が初めて安堵(あんど)を感じたのは、自分自身と家族、そして国を守るために護身術を習い始めたときだったという。

「ここに来たことは本当に役に立った」と、彼女は静かに私に語った。「もう二度と被害者のように座って、むやみに恐れることはないだろうから」。

(英語記事 'It's scary - but so's giving birth': The female unit gunning down Russian drones

提供元:https://www.bbc.com/japanese/articles/c9dyw1p65x5o


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