2024年4月29日(月)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2024年3月13日

 パイロットには、心身不調者は一人もいないとされる。したがって、本稿に関心をもってくださるパイロットはいないはずである。しかし、もし、「つい熱心に読んでしまう」パイロットの方がおられるとすれば、同僚、上司、まして、指定航空身体検査医、健康管理医には、そのことは口外しないであろう。閲覧履歴も直ちに消すであろう。

(Rathke/gettyimages)

 指定航空身体検査医は、文字通り「身体検査」する側の人間である。パイロットの側に立って健康管理を支援する立場ではないから、この記事には興味がなかろう。乗員健康管理医、産業医にとっても、それぞれ、乗員の乗務制限および解除、就業制限および解除が主たる業務であろうから、この記事に興味はないだろう。しかし、もし、健康管理にご関心がある方がおられれば、若干の参考程度にはなるかもしれない。

厳しい環境の国際線の「時差ボケ」

 実際には、パイロットには数えきれないほどの健康リスクがある。元来が頑健な人間であったとしても、早かれ遅かれ健康はむしばまれる。

 リスク要因は、主だったものだけでも、睡眠リズムの不整、アルコール、運動不足であり、これらのリスクは、加齢により高まる。パイロットの側から言えば、国内線より国際線の方が、また、副操縦士よりも機長の方がハイリスクである。国際線のほうが時差ボケは深刻であり、しかも、年長者の方が時差ボケに対する耐性は低い。

 パイロットはエリートであり、お悩み相談的なカウンセリングは必要ない。必要なのは、世界を転戦するアスリートに対するような、徹底的な体調管理である。

 最も重要なのは、睡眠・覚醒リズムの安定化である。国際線の場合、月に3回程度の渡航と思われるが、その渡航先が、ロンドン、ニューヨーク、パリであれば、フライトのたびに西回り、東回り、東回り、西回り、西回り、東回りという具合で、世界を股にかけた東奔西走を繰り返し、しかも、そのつど時差が9時間、14時間、8時間とずれる。渡航先が東南アジア、オセアニアのように時差が小さければ対応しやすいが、ヨーロッパや北米の場合、きわめて難しい。

 もし、時差ボケが体に答えると思うなら、渡航地観光を断念し、体内時計を拠点地(日本の航空会社なら日本時間)に合わせるべきであろう。筆者は国際線のキャビン・アテンダント(CA)に対しては、この方法を採用している。

 具体的には拠点国時間の午後10時~午前7時までの9時間のうち7~8時間眠り、眠気があれば午後1~6時の間に30~60分程度の仮眠を取る。渡航先が日中であっても拠点地では夜ならば、遮光カーテンを閉めて眠る。逆に、夜間であっても、拠点地が昼間ならば、室内でテレビを見て過ごす。

 こうして、どこに渡航しても、拠点地のリズムで寝起きすることを徹底する。また、「睡眠日誌」による自己管理を促し、拠点地の時間でつけ、週50時間以上の睡眠を課すようにしている。不眠症、パニック障害、うつ状態などは、国際線のCAの職業病だが、その多くは睡眠リズムを拠点地に合わせるだけで簡単に治る。


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