24時間戦えますか──。平成が幕を開けた1989年、栄養ドリンクのCMで使われたこのフレーズが新語・流行語大賞にランクインした。バブル経済を支えたビジネスマンたちの姿勢や気概を象徴する言葉といえるだろう。
そこから時代は一変した。1カ月後に令和への改元を控えた2019年4月1日、労働者が多様な働き方を選択できる社会の実現を目的に、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(働き方改革関連法)」が施行された。時間外労働の上限規制がなされ、年次有給休暇の取得が義務付けられるなど、「働き過ぎ」を防ぐことにより労働者の健康を守ることに重点が置かれることとなった。
先立つ16年、米シンクタンク「ランド研究所」が興味深い試算を公表している。睡眠不足による日本の経済損失が年間約15兆円に及ぶというものだ。事実、経済協力開発機構(OECD)による21年の調査でも、日本人の平均睡眠時間は最も短かった。
厚生労働省の担当者は「睡眠時間が短い根本的な要因として、労働時間の影響は少なくないのではないか。また、睡眠時間を確保する取り組みは『やった方が望ましい』という程度の認識にとどまってしまう側面がある」と改善につなげる難しさを吐露する。
だが、現に影響は顕在化している。獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科の井原裕教授は「うつ病など心を病む人が多いが、その要因の一つは睡眠不足にある」と断言する。
労働経済学が専門の慶應義塾大学商学部の山本勲教授は「従業員に長く健康で働いてもらうことは企業にとってもメリットになる。具体的には、労働時間の短縮や勤務間インターバル制度の導入など、働き方を柔軟にすることで、間接的にでも睡眠に充てられる時間を増やすことが有効だ」と強調する。
こうした取り組みが奏功した企業がある。
今年創業100年を迎える米菓メーカーの日の出屋製菓産業(富山県南砺市)は、退社から翌日の出社までを最低9時間空ける勤務間インターバルをコロナ禍以前に制度化し、加えて部署ごとに最大限の在宅勤務を推奨した。川合洋平専務は「経営陣にとって従業員に休暇を促すのは、ある意味勇気がいること。それでも人材の確保が最も大きな経営課題だったので、長期的な利益を考えて踏み切った。従業員も当初は困惑気味だったが、経営陣が何度もその意図や覚悟を発信したことで制度が活用されるようになった。中小企業ならではの意思決定の早さや、経営層と従業員の距離の近さがプラスに働いた面もある」と振り返る。