2024年5月16日(木)

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2024年1月30日

 また、「さまざまな取り組みに従業員が応えてくれた結果、一人あたりの売り上げが10%程度上昇した。さらに中途採用では、そうした先駆的な取り組みに魅力を感じて、給料が下がってでも大手企業から転職したいという人を採用できた。想定を上回る効果があった」と続けた。

謎多き「睡眠」が
経営課題の解決に寄与する?

 睡眠を可視化することで社会課題を解決しようという動きが、日本でも活発になりつつある。

 東京大学発スタートアップのACCELStars(アクセルスターズ・福岡県久留米市)は、ウェアラブルデバイスを活用した睡眠測定事業に取り組む。最高経営責任者(CEO)の宮原禎氏は「『健康』といえば『運動』や『食事』が重要という認識は広く浸透している一方で、それより長い時間を費やしている『睡眠』が、うつ病や生活習慣病、心臓などの循環器疾患と関連が深いことはあまり知られていない。健康診断に『睡眠計測』が組み込まれるようにすることが目標だ」と展望を口にする。

 筑波大学発スタートアップのS'UIMIN(スイミン・東京都渋谷区)が提供するのは、脳波を計測して睡眠の質を可視化するサービスだ。ヘルスケア本部の谷明洋氏は「これまでも睡眠を測定したいというニーズはあったが、高精度で詳細に測れる機会は限られていた。誰もが気軽に測定できるようになったのは一つの進歩だ。睡眠の必要量や改善方法は十人十色なので、まずは自分自身に睡眠課題があるか否か、あるならば何が課題なのかに気付くことが重要だ」と語る。

 経済産業省ヘルスケア産業課の白根健太郎課長補佐は「睡眠に対する関心の高まりは肌で感じる。これまで睡眠を特に意識していなかった人たちが意識し始めたという意味では、国民の価値観が変化してきているのかもしれない」と分析する。

 睡眠に詳しい虎の門病院(東京都港区)睡眠呼吸器科の富田康弘医師は「不眠症状を訴える患者の中には、体感による主観的な睡眠時間が短くても、実際に測定して可視化すると『意外と眠れていた』ことが判明する人もいる。それが分かった安心感で症状が改善する例もあるので、『主観』と『客観』の乖離を埋めることが重要だ。計測することに意味があるのはこのためで、毎日体重を測ることが減量につながるのと同じ理屈だ」と解説する。

 企業の中で定着させるためには、やはり経営陣の覚悟が必須になる。

 アクリル・ウレタン樹脂などの化学品製造を手掛ける根上工業(石川県能美市)は3年前、約130人の全社員を対象に睡眠障害の有無を調べるスクリーニング検査を実施した。総務部の早瀬智次長は「定年再雇用社員の増加もあり、社員の健康課題を早期に発見したかった。当初は55歳以上を対象にしようと考えていたが、社長の〝鶴の一声〟で全社員を対象にした」と明かす。結果的に、高リスク者に認定されたのが50人。全員に会社負担で詳細な検査を受けさせ、改善に取り組んでいるという。

 西田武志社長は「創業から一貫して従業員を大切にしてきた。こうした取り組みを始めてから、睡眠の測定ができるデバイスを個人的に購入する社員が増え、健康意識の高まりを実感している。行動に変化が見られたことで、やってよかったと感じている」と手応えを口にする。

 業界の垣根を越えた連携も見られる。寝具大手の西川は、前出のS'UIMINと連携して睡眠改善プログラム(仮称)を開発。昨年11月には伊藤忠商事の社員約750人を対象に検証を開始した。国内に勤務する社員の約4分の1が参加しているという。

 西川広域戦略事業部の森下みゆ氏は「オフィスに仮眠室を設置するなど、睡眠を司る企業として、もともと睡眠への関心を高める取り組みはしていた。自社だけにとどめず、他社への働きかけも強化したいと考え連携に至った。睡眠への関心が高い企業と実証を重ねながら睡眠の改善ができるという『成功事例』をつくることが最も啓発につながるはずだ。単にデータを集めても、それを生かさないともったいない。業界が異なる他社と、互いの強みを生かした新事業が生まれるかもしれない」と期待を込める。


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