2024年12月14日(土)

Wedge REPORT

2024年1月25日

 「睡眠」の道を究めることになった理由を問われることがある。これは「偶然」としか答えようがない。

 1998年、新しい脳内物質「オレキシン」を発見したが、その機能・役割が全く分からなかった。そこでオレキシンを欠乏したマウスをつくったところ、一見何の異常もなく健康だった。夜行性であるマウスを夜間に観察していると、突然眠ってしまう現象に出くわした。こうして、オレキシンの役割が「睡眠覚醒の制御」であることが分かった。

(fizkes/gettyimages)

 こうして、幸運にも睡眠メカニズムの解明や不眠症の治療薬開発に貢献することができた。それまでは自分自身でも睡眠の道に進むとは思ってもいなかった。

 睡眠に関する詳しい知識がない中で、それまでと全く異なる研究分野に進むことは、当然勇気も必要だったし、チャレンジングだった。それでも背中を押してくれたのは、渡米してからメンターとして指導してくださった二人の師匠(85年にノーベル生理学・医学賞を受賞したゴールドスタイン教授・ブラウン教授)の教えがあったからこそで、彼らが頻繁に口にしていた「テクニカルカレッジ(専門的な度胸)」という言葉は特に印象に残っている。今思い返すと、彼らは忙しい素振りを見せない人だった。アポイントをとらずとも議論を歓迎し、フラットな立場で接してくれ、フィードバックをくれた。

 彼らから学んだことは私自身が研究機関の機構長という立場になった今も意識している。多国籍の研究者を受け入れることで多様性を確保し、自分以外の研究室との物理的・心理的な隔たりを極力少なくしてオープンな雰囲気を醸成している。それから、研究者には「研究」に専念してもらう環境づくりにも注力している。この点は日米で大きな差を感じた。日本の研究者はとにかく忙しすぎる。研究者でなくてもできるような事務作業などに追われ、本来行うべき研究に割く時間が削られてしまうのは大きな課題だと感じる。

寝る間を惜しんで受験勉強はナンセンス

 「睡眠」に関して、日本は非常に特殊な国だ。欧米でも不眠症や睡眠時無呼吸などの睡眠障害を抱えている人は多くいるが、日本人はそれに加えて「睡眠不足」という〝重荷〟を背負った状態といえる。

 日本は欧米と比較して睡眠時間が平均約1時間短く、世界でも圧倒的に睡眠不足な国である。昨今、さまざまな研究や調査によって、睡眠不足が企業の業績や個人のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかが明らかになってきている。例えば、世界経済フォーラムの調査によれば、平均睡眠時間が長い国の方が一人あたりの国内総生産(GDP)が高い。経済的に豊かな国ほど長く寝ている傾向にあるということだ。

 別の研究では、一晩徹夜をすると血中アルコール濃度0.1%という「酔っ払った」状態と同程度にまで脳のパフォーマンスが低下するという結果がある。驚くべきことに、1日4時間睡眠を約6日間、6時間睡眠を約10日間続けることでも同様の状態になってしまう。こうした状態で働く日本人は全く珍しくないが、これで生産性が上がるはずがない。


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