2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2024年1月25日

 さらに米国の研究では、寝不足は感情をコントロールしにくくするため、自らのパフォーマンス低下に加えて「利他性」の低下を招き、人間関係にまで悪影響を及ぼすことが指摘されている。これはハラスメントなどの原因にもなり得る。

 専門家として踏み込んで言えば、日本経済が約30年間停滞し、今や経済先進国から脱落しつつある要因の一つは「睡眠不足」にある。日本でも「健康経営」を謳う企業が増えつつあるが、企業の社会的責任(CSR)やイメージアップを目的にしているようでは〝周回遅れ〟である。企業であるからには、根本的な目的は「利益の向上」であるべきだ。睡眠不足の解消は、まさに「生産性向上」そのものだということに経営者が気付き、行動に移さなければならない。日本の将来を考えれば、「睡眠不足」はこれ以上ない差し迫った課題なのである。

 さらに根が深いのは、日本人の睡眠不足が子どもの時から既に始まっていることだ。米国の小児科学の教科書には、睡眠をとるために確保すべき時間の目安が年齢ごとに示されているが、小学生で平均すると約10時間、高校生でも約8.5時間必要とされている。幼い頃から習い事や塾、受験勉強などで多忙を極める子どもが多い日本で、どれだけの子どもが十分な睡眠をとれているだろうか。

 東北大学の研究では、睡眠不足な子どもほど記憶を司る「海馬」が小さいという結果もある。また、米国では9~10歳で慢性的な睡眠不足を抱えていると、2年後にも認知能力が低下し、メンタルヘルスも悪化するという調査結果もある。人格や価値観を形成する時期に睡眠不足の状態であることは、一生ハンディを負う可能性すらあるということだ。ましてや「寝ずに受験勉強」というのは、本当にナンセンスである。

希代の睡眠研究者が描く〝夢〟

 2017年、S'UIMIN社を立ち上げ、その後、社長に就任した。目指す究極のゴールは、睡眠を正確に「見える化」するのを当たり前の世の中にすることだ。

 正確に睡眠を測ろうとすると、多くの電線につながれた〝スパゲティ状態〟での入院検査になる。この状態では、普段と大きく異なる環境であり、その人の本来の睡眠を知ることは難しい。加えて、計測可能な医療機関は都会に集中しており、検査可能なキャパシティーが圧倒的に不足していることも課題だった。例えば、治療を要する睡眠時無呼吸の中等症以上の潜在患者は 900万人いるといわれるが、年間の検査数は10万件にとどまる。そこで起業して、誰もが自宅で気軽に睡眠時の脳波を計測できるデバイスとAIシステムを開発し、サービスを開始した。

 かつて日本のメーカーが世界に先駆けて家庭用血圧計を開発したことで高血圧医療は根本的に変化した。病院では、緊張のために普段より数値が高く出ていたことが分かり、血圧の正常値が見直されたのである。また、実際に脳卒中などの減少にも大きく寄与したように、「見える化」は行動変容を促すのに大きな意義がある。睡眠医療でもこうしたことが期待できるはずだ。

 将来的には、睡眠時の脳波をビッグデータ化することでさまざまな疾患の予測などにつなげたり、よりパーソナライズした形で睡眠に関するアドバイスをしたりすることが可能になるだろう。睡眠という〝未開の領域〟を少しでも解明することで日本の発展と人生100年時代の医療に貢献したい。(聞き手/構成・編集部 野川隆輝)

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Wedge 2024年2月号より
霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なこと
霞が関の危機は日本の危機 官僚制再生に必要なこと

かつては「エリート」の象徴だった霞が関の官僚はいまや「ブラック」の象徴になってしまった。官僚たちが疲弊し、本来の能力を発揮できなければ、日本の行政機能は低下し、内政・外交にも大きな影響が出る。霞が関の危機は官僚だけが変われば克服できるものではない。政治家も国民も当事者だ。激動の時代、官僚制再生に必要な処方箋を示そう。


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