2024年5月6日(月)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年12月7日

 2023年は、旧ジャニーズ事務所、宝塚歌劇団、楽天ゴールデンイーグルスなど、ハラスメント、過重労働、いじめを巡る事件が相次いだ。これらの事件は、精神科医・産業医である立場からすれば、深く考えさせられるものがある。

 この連載では、「バーンアウト」「いじめ」「職場のうつ」「官僚の過労」「十代の自殺」などについて論じてきた。その理由は、実際、筆者が精神科医として患者に接し、産業医として労働者に対するなかで、ハラスメントやいじめは極めて高頻度に遭遇する問題であり、これに対してどう対応するかが求められているからである。

(wutwhanfoto/gettyimages)

 精神科医は「物言う精神科医」たるべきで、また、産業医は「物言う産業医」たるべきであろう。前者には、人のこころの健康を守る責任が、後者には、労働者の健康権に奉仕すべき責務がある。その立場にある者の務めとして、与えられた権限を活用して、最善を尽くすべきだと思う。

 少しでも解決につながるよう、会社・学校に対して診断書・意見書を書き、「働き方改革関連法」「労働時間等設定改善法」「障害者雇用促進法」「旅客自動車運送事業運輸規則」「いじめ防止対策推進法」等の法・制度に言及して、組織に対して責任をもって事態の収拾を図るよう注意喚起すべきだと思われる。

産業医に与えられている権限

 ただし、できることには限度もある。たとえば、産業医である。

 自分がもし仮にハラスメントが横行し、一方で、内部統制の厳しい、そんな企業の産業医を務めているとする。10代の新人男子職員に「社長から性的虐待を受けている」と言われたらどうするか。女子社員に「上司からヘアアイロンで日常的に熱傷を負わされている」と聞かされたらどうするか。あるいは、現場の若手に「先輩から下半身を露出させられ、カメムシを食わされている」と打ち明けられたらどうするか。

 制度上、産業医は、企業のなかで相応の権限が与えられている。労働安全衛生法第13条第5項によれば、「産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる」とされている。

 勧告権を行使しうる状況としては、「労働者の生命若しくは健康に重大な危険が及んでおり緊急回避が必要なとき」「労働者の生命若しくは健康に重大な影響を及ぼすことが予見されるとき」が挙げられている(日本産業衛生学会 2019 :政策法制度委員会への諮問事項 産業医の権限強化に関する答申)。したがって、上述のような性的虐待、ヘアアイロンによる熱傷、下半身露出・カメムシ食いなどは、すべて勧告すべきケースと言える。


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