それでも産業医が粘って、労働基準監督署の行政指導の可能性を示唆するなどして、再度の注意喚起を行ったらどうなるか。その場合、かえって「自ら対決姿勢を深め、信頼関係を破壊した」とみなされうる(東京高裁令和4年9月29日判決)。結果として、1年契約の非常勤にすぎない産業医は、翌年の3月に「ご苦労様でした。契約が終了しました」と告げられるであろう。
企業はどちらの側につくのか
産業医がハラスメント・いじめの被害者に対して、「泣き寝入りするな。戦え。私も手伝う」と言うことは可能である。その場合、被害者にさらなる苦痛を与えることもあり得る。
もし相手が内部統制の厳しい企業であった場合、ハラスメント防止委員会もまたその組織の従順な職員からなる集団である。訴えたところで、被害者の救済に動いてくれるとは限らない。
「双方の意見を公平に聴取する」との口実のもとに、実質上、組織防衛委員会と化す公算が大きい。内部批判を許さない企業の場合、ハラスメントだと訴えること自体を組織への背信と見なす。そうなると、顧問弁護士をつけて、徹底抗戦の姿勢に出るであろう。
驚くべきことに、顧問弁護士は加害者側につくのであって、被害者側にではない。そして、加害者に反論書を書かせ、それを顧問弁護士が添削する。
文面には、「ハラスメントの濡れ衣を着せられて、いかに苦しんでいるか」の悲痛な抗議を表明させ、「被害を受けた」との主張に根拠がなく、かえって指示に従わない部下の指導に困惑した上司の苦悩をとうとうと訴えさせ、その一方で、被害者を面従腹背に徹する傲岸不遜な人物として印象付けるであろう。
被害者には、委員会から反論書が送られてきて、「反・反論書を書きたければ、どうぞ」と言われる。しかし、その反論書は自己正当化と被害者批判に終始していて、被害者にとっては到底読むに堪えない。結果として、被害者はハラスメント被害を訴えれば訴えるほど、二次被害、三次被害を被ることになる。
では、頼りにしていたはずの産業医はどうなのか。「泣き寝入りするな。私も手伝う」と言ったはずなのに、春になったら、いつの間にかいなくなっている。
一人残された被害者は、もはや、退職以外の選択肢はない。これが現実である。