2024年5月14日(火)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2024年3月13日

 次いで、アルコールの制限である。「眠れないから酒を飲む」という習慣を絶対に作らないことである。アルコールは睡眠を浅くし、睡眠が本来持つ疲労回復効果を激減させる。アスリートの多くは、シーズン中は断酒している。パイロットとして現役のうちは、休暇中以外は酒を断つことをお勧めしたい。

 アルコールなどよりはるかに優れた方法がある。それが運動である。アルコールは睡眠の質を下げるが、運動は逆に上げる。質のいい睡眠のためには適度な肉体疲労が必要である。

 パイロットは、この点も不利である。普通のビジネスマンなら、通勤や営業などに歩く要素が含まれ、運動を意識しなくても1日7000歩程度は歩いている。パイロットは空港内を歩くぐらいで、フライト中はほとんどすわったまま。これでは体が疲れないから、眠ろうと思っても眠気が訪れてくれない。勤務日には空港内のジムを利用してひと汗かき、休日にも意識して運動して、勤務中すら、ストレッチ、スクワット等の場所を取らない運動を行うべきであろう。

「コックピット・ナッピング」について

 勤務中の眠気については、それを非難の対象にしてはならない。離陸・着陸のタイミングで眠気と戦うような、最悪の事態さえ避けられればいいのである。そのためには、勤務中であっても、計画的昼寝、戦略的仮眠によって、対応すべきであろう。

 航空宇宙医学協会の疲労対策委員会は、『航空における疲労対策』(Caldwell et al. 2009 Fatigue countermeasures in aviation。以下『対策』)を公刊し、眠気問題を個人の責任に帰すことなく、合理的に考えようとしている。

 とりわけ驚くべきことは、眠気対策として「コックピット・ナッピング」(操縦室での昼寝)を推奨している点である。『対策』はパイロットが休憩時間中に、次にコックピットに入る時間帯に備えて、別室で仮眠をとることは当然のこととしている。

 それに加えて、飛行中の作業負荷が低い時間帯に、ほかでもないコックピットで眠ることを勧めている。『対策』は、ほかにも休憩時間中の適度の運動、長距離フライトにおける睡眠、勤務当番表の再考、コックピット内照明の許容範囲内の使用なども挙げているが、それらに先んじて「コックピット・ナッピング」を筆頭に推奨している。

 もっとも、『対策』は、米国連邦航空局が「コックピット・ナッピング」を認めていないことにも言及している。一方で、「コックピット・ナッピング」(平均26分間)をとった群と取らなかった群とを比較し、前者の方が心理運動覚醒度テストで良好な結果が得られたとのデータを示している。

 また、すでに複数の航空会社(エア・カナダ、ニュージーランド航空、ブリティッシュ・エアウェイズ、エミレーツ航空、フィンランド航空、ルフトハンザ・ドイツ航空、スイス航空、カンタス航空など)でこの方法は採用されていて、安全上なんらの影響も出ていないとされる。一方で、全米睡眠財団の世論調査は、「飛行中に眠くなった航空会社のパイロットは、他のパイロットが交代できるのなら、仮眠をとらせるべきである」という文言へのイエス・ノーを一般回答者に尋ねたところ、大多数(86%)が「イエス」と答えたと言う。一般世論は、「眠たいパイロットに操縦してほしくない。むしろ、他のパイロットに交代して、昼寝してほしい」と思っているわけである。

パイロットは大谷翔平から体調管理を学べ

 パイロットがモデルとすべきは、大谷翔平である。たとえば、アルコールである。南部杜氏の地岩手で生まれ育った大谷翔平は、酒が飲めない体質ではないと言われている。しかし、ほとんど飲まない。

 それは、アルコールが睡眠の質を損なうことを熟知しているからである。ラーズ・ヌートバー(カージナルス)が大谷翔平を食事に誘ったところ、「寝るからだめ」と断られたという有名な逸話もある。


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