このような経緯を見ると、中国が侵入事件を起こし、インドが中国軍の撤退を求めて、交渉を行ってきたが、中国側がなかなか応じないできた経緯がわかる。今回、両国の合意が成立したということは、中国に何らかの変化があり、インドの要求に応じたことを意味している。
なぜ今なのか
では、これまで要求に応じてこなかった中国が、なぜ今、要求に応じたのだろうか。考えられる変化は2つだ。11月に行われる米大統領選挙の影響と、27年ともいわれる中国の台湾侵攻との関連性である。
米大統領選挙は、中国にとって最重要の関心事項だ。バイデン政権とトランプ政権での対中戦略は、大まかな方向性では同じだ。両政権とも中国に厳しい姿勢で臨んでいる。
それでも、中国は、トランプ政権を、より恐れているようだ。それは、トランプ政権がロシアのウクライナ侵略を終わらせて、対中戦略に集中するよう主張していること、トランプ政権を支える共和党陣営の方が安全保障の専門家が充実していること、そして、トランプ政権の方が予測しがたいことが理由と思われる。
実際、第1次トランプ政権では、習氏は、友好の証として、トランプ大統領から夕食会に招かれた。そしてトランプ大統領は、習氏にチョコレートケーキを勧めながら、同時に、「シリアにミサイルを撃ち込んだ」と伝えたのである。
これは、習氏からみれば、今はシリアがミサイルの標的だが、中国も標的になりえることを示した点で、中国に対する脅しとして捉えられるものだった。しかも、そういった脅しを、友好の証である夕食会の時にやるとは思わず、油断していたから、効果は倍増し、習氏は強いショックを受けただろう。つまり、トランプ政権は、力を効率的に使いながら脅しをかけてくる、怖い政権、という印象をあたえた。
今回の米大統領選挙で、またトランプ氏が選挙に勝つようなことがあれば、それは、中国にとり、怖いはずである。だから、それに備えなければならない。
中国としては、太平洋側での米国対策に集中したい。だとすると、太平洋側から見て背後にあたる印中国境などの地域では、情勢を安定化させておきたい。インドとの問題を解決しておきたい動機が、中国にはある。
ただ、このような中国の姿勢は、トランプ政権に備えるという防御的なものではなく、より攻撃的なものとしてとらえることも可能である。それは、中国が、もし台湾に侵攻するつもりならば、背中側である印中国境での緊張を下げ、台湾侵攻に集中したくなるからだ。
実際、中国は今年、台湾周辺で軍事演習を繰り返しているが、演習にはアルファベット順の名前がついており、aの次はb,c,d…と続いていくことを示唆している。徐々にエスカレートさせる計画を持っていることは明白だ。