法務関連の予算を消化しきれないと逆に、会社側があわてるという冗談のような話も、訴訟社会のアメリカだけあって、本当らしく思えてくるのが不思議だ。
メガファームの実態をシニカルに描き出しながらも、謎の男による脅迫から逃れようとさまざまな策をめぐらす主人公カイルの活躍。同じ事務所に入った同期の美人弁護士との恋模様にくわえ、田舎町で地元の人々のために弁護士として働く父親がカイルに向ける愛情など、さまざまな人間模様がストーリーを彩る。サスペンスという作品の性格上、核心の部分を紹介するわけにいかないため、内容を大雑把にまとめると以上のような具合だ。
時間があいているときに、英語の勉強もかねて原書を読みたい向きには、読みやすくてお勧めの一冊。ただ、90年代後半の全盛期のグリシャムの面白さを期待して読むと、本書のエンディングについては納得がいかないかもしれない。
最も油がのっていた時期のグリシャムは例えば、たばこ会社を相手取った損害賠償訴訟を題材にした「THE RUNAWAY JURY」(96年、邦題・陪審評決)では、弁護士が法廷で活躍する通常の法廷小説とは異なり、陪審団にもぐりこんだ謎の男が訴訟を操るという全く新しい設定を駆使し、最後には株式市場を利用した巧妙な仕掛けなども織り込んだどんでん返しで読者を驚かせた。他の作品でも、意外な舞台設定を使いながらも、訴訟社会アメリカの現実をうまく織り込んだ力量が、アメリカ人の大衆の心をつかんだ面が大きい。
得意のリーガルサスペンスに戻ってきたとはいえ、最新作ではまだ、意表をつく舞台設定に絡む謎が最後に十分決着がつかない難点がある。「現実とはそういうものだ」という作者のつぶやきも聞こえてきそうなエンディングだが、エンタテインメント作品としては、終わり方にもうひと工夫ほしかった。
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