歴史を巡って中韓関係では、ハルビン駅の安重根記念館の開設が注目を浴びるが、遺骨の送還事業でも中韓で戦った歴史を棚上げして協力関係が進んでいる。このような協力関係の進展は朴政権による中国への配慮も大きいが、日本を巡る中韓「歴史共闘」については石平氏の論評で既に触れられているので、少し別の視点から中国の内政やそのおかれた国際環境から考えてみると以下のようなポイントが挙げられるだろう。
すなわち国際環境の変化からみると、冷戦時代から中韓両国が置かれた環境が大きく変わったことがあろう。冷戦時代の米ソ(中)対立下で遺骨の収集や送還をすることは1992年の中韓国交樹立以前は無理であったし、中国と「血の友情」で結ばれ、「唇と歯の関係」とまで言われた北朝鮮との関係があったから、中国において朝鮮戦争の再評価やその戦争の「侵略者」の遺骨を巡る協力がなされることはありえなかった。つまり、今回の協力進展は日本との歴史問題を巡る「共闘」の必要性だけでなく、北朝鮮との関係が冷え込んだこと、朝鮮半島問題を巡る「6者協議」の行き詰まりという側面があったといえよう。
退役軍人たちの存在感
もう一点は純粋な中国国内の事情だ。あまり知られていないが、中国における非公式な政治圧力団体に退役軍人たちの存在がある。朝鮮戦争を巡る退役軍人たちの存在はもはや政治的プレッシャーにはならないようになったため歴史的問題の解決が容易なったということだろう。
1950年から1953年までの間に中朝両国からは100万人以上の兵士が参戦(米韓側も同様に)し、60万人を超える犠牲者が出たとされ、中国軍の犠牲者は18万人に上るとされる。本文では11万5700人とあるが、これには負傷者としてカウントされた2万人は含まれないし、失踪者もカウントされると合計で18万人を超える。しかし、すでに60年以上が過ぎ、参戦した生存する兵士は若くても70代後半であり、ほとんどが80、90歳代だ。こうした兵士たちが自身の権利を求めてデモをするということはないだろう。
近年、政府の頭を悩ます退役軍人のデモで目立つのは中越戦争(1979年)を巡る権利補償を求めるものだ。2月に中越戦争35周年を迎え、彼らの権利要求の声が高まり、数百人規模のデモが広西チワン族自治区をはじめ各地で展開されている。特に現在、軍の機構改革を控え、兵員が再度大規模に削減される可能性もある。こうした状況で戦争犠牲者を追悼し、遺骨を送還することは政治的意義があり、政府は「英雄たちを忘れない」と繰り返す。つまり健康で数が多い中越戦争参戦の退役兵に十分な補償をする余裕はないが、朝鮮戦争なら形式的な式典で事が足りるというわけだ。
中国政府や共産党、そして軍が日清戦争や抗日戦争を持ち出し宣伝することは効果が大きいが、中越戦争はベトナムとの関係が微妙であることに加え、国内の退役軍人たちが依然騒がしい点などからして触れないほうが好ましいと考えられているであろうことは理解しやすい。その点やはり朝鮮戦争を巡る中韓の連携は時機を得ているということになろう。
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