半世紀以上韓国に埋葬されていた遺骨の送還を巡り韓国と中国で3月28日にそれぞれ出発と到着の際に記念式典が開かれた。中国空軍は戦闘機二機を出して遺骨を載せた輸送機を出迎え、張高麗副総理も列席して厳かな式典が執り行われた。
兵士たちの遺骨は今から半世紀以上昔、1950年に勃発した朝鮮戦争時の犠牲者437人分のものだ。朴大統領が中国側に異例ともいえる計らいを見せ、習近平国家主席はオランダ・ハーグで開かれた核セキュリティ・サミット時に朴大統領に対して感謝の意を示した。日中関係が尖閣諸島の領有と歴史認識の問題で冷え込むなか、中韓関係は歴史問題でもこれまでにないほどの盛り上がりを見せている。
「老兵、祖国はあなたの帰りを迎えに行きます」
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伊藤博文を暗殺した安重根の記念館開設については日本でも注目され、ニュースとして取り上げられているが、朝鮮戦争時の遺骨送還についてはそれほど知られていないだろう。そこでここでは軍機関紙「解放軍報」のネット版「中国軍網」が開設した特設ページの文章を紹介したい。特集「老兵、祖国はあなたの帰りを迎えに行きます」の中の文章「どんなに遠くまで行っても祖国に帰らせるー中国軍網”英霊記念堂“が志願軍老兵の帰還を歓迎」だ。
前もって説明しておくと、朝鮮戦争とは、中華人民共和国が成立してから1年に満たない1950年7月に勃発した戦争だ。中国ではアメリカに対抗し、朝鮮を助けるという意味で「抗米援朝」戦争と呼ばれている。米国に支援された韓国側(国連軍)と中国に支援された朝鮮側がそれぞれ100万人を超える人員を投入して戦われ、中国側は18万を超える兵士が犠牲になったといわれている。
米中の代理戦争の様相を呈し、アメリカは国連軍という形で参戦した。そのため中国側は解放軍として正式の軍隊ではなく、非公式の形で派遣され、志願軍と呼ばれた。本稿ではこの中国部隊を原文のまま志願軍と記述し、犠牲になった兵士をそのまま烈士と記す。
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【2014年3月27日「中国軍網」(抄訳)】
1950年10月、国と世界の平和、正義を守るために中国人民志願軍は朝鮮に参戦した。武器装備が限られた状況の下、志願軍の兵士たちは血を浴びるほど奮戦し、英雄主義的精神で敵に打ち勝った。