2025年6月16日(月)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年6月5日

食品では希釈が許されない理由

 処理水で希釈が認められたのは、安全の確保と信頼醸成が一体となって、社会に受け入れられたからである。プロダクト主義の観点からは、トリチウム濃度を規制基準以下にまで希釈することで、客観的な安全を確保している。しかし、それだけでは安心は得られない。

 そこで、計画段階からの情報公開、地域住民や関係者との対話、IAEAなど第三者機関による客観的なレビュー、継続的なモニタリングと結果公表など、一連の透明性の高いプロセスを通じて、社会的な疑念や不安に答え、信頼を得ようと努めた。安全確保と信頼醸成の組み合わせによって、漁業関係者の完全な合意は得られなかったが一定の理解を得ることができた。

 科学的に安全を確保できる希釈が食品で禁じられている理由は、それが信頼を損なう行為と見なされるからだ。食品では、作られたプロセスに対する信頼が安心を得るための大きな要素となる。ここには私たちの空想力が影響している。

 基準値を超えた食品を希釈する行為は、たとえ結果的に安全になったとしても、作り手の倫理観や誠実さに対する疑念を生じさせる。違反を隠すための操作ではないか、品質管理を怠っているのではないかなどの不信感であり、安全という言葉が信頼できなくなる。プロセスに対する空想力が不安を増幅させてしまうのだ。

 他方、様々な処理を行うことで有毒な食品を食用にすることが法律上認められているという事実もある。例えば、フグ、ジャガイモ、大豆などは有毒性が広く知られている。そして除毒や加熱などのプロセスで安全性を向上する措置が社会的に受け入れられている。

ジャガイモの芽など、私たちの日常にも有毒物質は存在している(TanyaLovus/gettyimages)

 カドミウムもまた自然由来なのだから、これらと同様の考え方で、希釈で安全にするプロセスを容認してもいいのではないかという疑問がわく。フグの処理は許容し、カドミウム米の希釈を禁止することは法的に矛盾しているように見える。しかし、社会的な信頼を維持し、消費者を保護するという法の目的から見れば一貫性はあると考えられている。

 それは、フグの除毒、大豆の加熱、HACCPに基づく工程管理など、安全のための確立されたプロセスは認めるが、カドミウム米の希釈のように基準違反を隠蔽するプロセスは認めないという考え方だ。

 つまり法律はプロダクトの安全を最終目標としつつ、その達成手段としてのプロセスが社会的な信頼に足るものかを問題にしている。そしてカドミウム米の希釈は、たとえその原因が自然由来であっても、現状では信頼に足るプロセスを経ていないと判断されているのだ。


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