2025年6月17日(火)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2025年6月5日

遺伝子組み換え作物への不安の正体

 製品が作られるプロセスに過剰な不安を生み出す例として、遺伝子組み換え(GM)作物がある。除草剤耐性や害虫抵抗性を付与することで、GMは農薬使用量の削減や収量増加に貢献し、農作業のコストを大幅に削減している。その安全性や栄養価は従来の作物と同等であることが科学的に証明され、多くの国では広く栽培されている。

 しかし、ヨーロッパや日本ではGMに対する消費者の忌避感が根強く、規制も厳しい。これはプロダクトの安全より、遺伝子を操作するというプロセスに対する不安や不信が原因と考えられ、ここでも人間の空想力が影響している。

 不安の要因は多様である。例えば、遺伝子を人工的に操作するという行為が自然の摂理に反し、神の領域を侵すといった倫理的な懸念、「自然=安全、人工=危険」という単純な二元論、GMを開発する巨大な多国籍企業への不信感、それらを十分に監督できていないのではないかという規制当局への不信、長期的に摂取し続けた場合の影響や生態系への影響といった未知のリスクに対する恐怖感などである。ヨーロッパや日本では食の伝統や純粋性といった価値観が重視され、それがGMへの抵抗感につながっているのかもしれない。

 このように、GMに対する忌避感は、プロセスに対する倫理的あるいは感情的な懸念、社会的な信頼の欠如、そして未知への不安を掻き立てる空想力が複雑に絡み合った結果と言える。

 ではカドミウム米の希釈を認めないことも過剰なプロセスへの不安なのだろうか。両者には、プロダクトが安全であってもプロセスへの懸念から受け入れられないという共通点がある。

 しかし、カドミウム米は食品衛生法に違反していることから、その希釈は消費者を欺くと見なされかねないが、GMは定められた規制プロセスに則って行われているという違いがある。だから過剰なプロセスへの不安ではないという意見と、これに反対する意見がある。

安全と信頼の統合による安心の追求

 食品分野において、安全と信頼を統合して安心を追求する試みとして、欧州連合(EU)の取り組みが参考になる。EUでは、食品ロス削減や持続可能な食料システムという社会目標達成のため、食品アップサイクルや可食部再評価を進めている。これらの取り組みは、廃棄物由来や非主流部位を食用に利用するため、安全への懸念とプロセスへの信頼に関わる課題を伴う。

 EUは安全確保のための厳格なノベルフード(新規食品)規制と、安心のための情報表示による透明性確保と消費者の選択権保障を組み合わせている。さらに、食品ロス削減という社会目標への貢献を訴えるリスクコミニュケーションを通じて、信頼と安心を醸成しようとしている。これは、「安心=安全+信頼」を実現するために、プロダクト主義とプロセス主義を戦略的に統合するアプローチと言える。

 深刻な食料不足など状況の変化によっては、カドミウム米の希釈を容認することもあり得るが、その時にはEUのような手法により社会的合意を得ることが必要になるだろう。


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