2026年2月22日(日)

古希バックパッカー海外放浪記

2026年1月4日

イスラム教はギャンブルを禁止しているが“トルコのギャンブル事情”

テーブルで四人が囲んでいるのがトルコ・マージャンのオケイだ。チャイハネはオケイに興じる男達でほぼ満席である

 トルコのチャイハネ(喫茶店)は午後4時を過ぎると、次第に男たちが集まり混んでくる。トルコ紅茶を飲みながら、煙草を吸いながらゲームに興じるのである。カードゲームではポーカー、ボードゲームでは4人で卓を囲む麻雀のような、オケイというゲームが多い。またトルコ伝統のバックギャモンも盛んである。

 小遣い程度のお金を賭けているようで、チャイハネ全体が熱気を帯びてくる。津々浦々のチャイハネは、トルコの男達で賑わうのである。他方で全国宝くじ、サッカーのトトカルチョという、言わば公営ギャンブルも人気があり、聞くところではトルコ政府の重要な財源になっているという。このように公私にわたりギャンブルはトルコ社会で盛んなようだ。

イスラム社会で飲酒・ギャンブルは大罪なのだろうか

古代ギリシアのぺルゲ遺跡。このような巨大都市を建設する財力はワイ ン、穀物などの輸出により得られた。トルコには数多くのギリシア植民市が栄えていた が7世紀からトルコはイスラム圏となった。だがワイン製造は継続されたのではないか 。15世紀のイスラム教ティムール帝国では王侯貴族がワインで酒宴している細密画が 残っている。トルコ東部はティムールの版図だった

 イスラム教徒が信じるべき対象は六つとされている。この六信とはアラー(唯一絶対神)、天使、啓示(神の言葉=コーラン)、預言者(マホメット:最近はムハマンドと表記することが多い)、来世、宿命(人間の運命は神が定めている)である。そしてイスラム教徒の五大行とは信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼である。

 イスラム教で我々が直ぐに思い出す“聖戦”“禁酒”“妻帯は四人まで”などの生活規範はコーランに書かれている。“禁酒”“ギャンブル”についてはコーランの“食卓章”というパートで“飲酒・ギャンブル・偶像崇拝”は不浄な悪魔の行為と規定している。

 ところが不思議なことに筆者の経験ではイラン、イラク、トルコでは葡萄からつくる伝統的な蒸留酒が存在する。この蒸留酒はイスラム教がこの地域に伝播する遥か昔から存在しており現在に至る。呼び名はアラック(イラン・イラク)、ラク又はラキア(トルコ)と異なるが原料・製造法は一緒である。

 筆者が駐在していた35年前のイランでは酒類は厳格に禁止されていたが、自家製のアラックは密かに飲まれていた。サダム・フセイン時代のイラクでは酒は専売制であったが、アラックは比較的安価で飲めたと記憶している。現在のトルコでは政府許可を受けた店でのみ酒類を販売しているが、アルコール度数の高い酒ほど値段が高くなっており、高級輸入ウイスキーと同じ価格帯のアラックは筆者には高嶺の花であった。

歴代の中東のイスラム王朝やオスマン帝国でも酒宴が催された

 35年前のイランの国立博物館には、花園で美女を侍らせて酒盛りする王侯貴族が描かれている細密画が、多数所蔵されていた。年代的にはイランが完全にイスラム化された後のサファービー朝時代、カジャール朝時代である。

 トルコのオスマン帝国時代の皇帝の居城であったトプカプ宮殿にも、豪華な酒杯が無数に展示されていたと記憶する。中東の歴代のイスラム王朝、オスマン帝国の支配層はフツウに酒宴を楽しんでいたのではないだろうか。現にオスマン帝国の16世紀の皇帝セリム2世の飲酒癖は、記録が残っている。イスラム教の最高権威である皇帝が毎日酒宴を開いていたことが公式記録にあるくらいだから、オスマン帝国では少なくとも支配層では飲酒は容認されていたようだ。

 国民の99%がイスラム教徒の現代トルコでは社会常識の限度内での飲酒やささやかな賭け事が容認され公営ギャンブルが盛んなことは“イスラム教”の現代的解釈では飲酒とギャンブルは“静かに黙認”されていると筆者は考えるが如何であろうか。

 以上 次回に続く

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