中国では建国(1949年)以降、オリンピックの29の正式競技を含む、50余りの競技で協会が設立されて競技のレベル向上が図られてきた。半世紀あまりの鍛錬と発展を通じて我が国の体育事業は「運動弱国」から「運動大国」へと著しい発展を遂げてきた。陸上競技やバスケットボールは中国人が得意な種目ではなかったが、こうした競技でも中国人の姿が見られるようになってきたのだ。(例えばアテネ五輪〔2004年〕の110mハードルで金メダルを取った劉翔など:筆者)にもかかわらず、巨額な費用をかけてきたサッカーの中国チームが全くいただけないレベルに止まっているのだ。
かつてメディアがこのように中国チームを皮肉ったことがある。それはW杯会場で中国チームの試合を観戦するのに比べて中国人が月に到達する方が簡単だ、と。そうではないだろうって? 中国の科学技術によっていけないところはなくなった。「蛟竜」潜水艇は深海に、「高速鉄道」は海外に、そして「神舟7号」ロケットは宇宙に出ていき「嫦娥」月面探査機は月に到達したというのに単なる小さなボールを蹴る事さえできないというのか。
中国サッカー「三つの願い」
中国がワールドカップに出場できない病原は中国人の人種、国の大小、強盛が問題ということではなく、その根本問題は制度の問題であり、腐敗の問題、運用方式などの問題であり、選手たちの潜在能力や闘志が発揮できないでいる。こうした悪循環のために中国サッカーと世界の差が開く一方なのである。
2011年7月、習近平国家主席は韓国民主党の孫鶴圭党首らの一行と会談した際、中国サッカーの三つの願いについて述べた。それは中国がW杯に出場する事。W杯を主催すること。そしてW杯で優勝することである。疑いなく習氏の「三つの願い」は最も素晴らしい「中国の夢」のうちの一つである。しかしながら、我々はサッカーに存在する病因を見つけられておらず、治療を施さなければ、この「三つの願い」は「中国航空宇宙産業の父」銭学森が「問い」つづけたのと同じく(中国はなぜ宇宙に行けないのかという悲願だろう:筆者)、W杯に出るのさえも1万年かかってしまうかもしれないし、永遠に回答を見つけられないという事になりかねないのだ。