「ちりがなければドルもない」
さらに、トランプの交渉能力について述べて行こう。トランプ政権は、イランに対して「ちりがなければドルもない」という態度を崩さない。資産凍結を含む制裁緩和の前に、イランは濃縮ウラン(ちり)を引き渡さなければならないと言うのだ。
ただし、核の世界においては、核のちりとは原子力施設や核燃料の処理過程で生じる放射性物質を含んだ微粒子(ちり)を指すと言われている。
そのことからも推測できるが、トランプの交渉団は原子力について専門家を入れていない可能性がある。2015年オバマ政権で核合意の交渉に当たったウェンディ・シャーマン元国務副長官は、核物理学者、制裁の専門家、法律家、財務省の担当者およびペルシャ語が堪能な人物が交渉の場に入っていないのではないかと疑問を呈した(ブルームバーグ電子版2026年4月24日付)。
バラク・オバマ元大統領は2015年に、厳格な監視と立ち入り検査を含めたイラン核合意(JCPOA)を結んだが、第一次政権のとき、トランプはその合意を破棄し、オバマの外交上のレガシー(政治的遺産)を潰した。オバマにコンプレックスを持つトランプの個人的感情に基づいた判断と捉えることもできる。
オバマ政権のイラン合意を破棄したトランプに対して、メディアから厳しい目が注がれている。6月7日に放送された米NBCニュースの政治番組「ミート・ザ・プレス」で、司会者のクリステン・ウェルカー氏が、トランプが核合意を破棄した後、イランは核兵器の開発を加速したと指摘すると、トランプは「オバマがイランと結んだディールはとんでもないものだ」と繰り返して論点をずらした。
トランプがイランの核兵器保有を許さないと強調する理由には、まず米・イラン戦争の大義名分がある。加えて、MAGA(米国を再び偉大にする運動に賛同する人々)の亀裂の修復がある。MAGAの中には、トランプとイスラエルが共同で仕掛けた戦争には反対するが、イランの核兵器保有を危惧する者がいる。
11月3日の中間選挙の前までに、MAGAの一部を説得し、MAGAの亀裂を修復して、元の状態に取り戻すには、“見せかけ”でも核兵器保有の問題を解決する必要があるのだ。
目に見える成果と中間選挙
トランプは、オバマよりもイランに対してより良いディールをすると強い口調で語っている。しかし、イラン側が核開発を制限する措置を行い、国際原子力機関(IAEA)が査察してから、資産凍結と制裁を解除するという内容で合意した場合、オバマ政権の核合意と変わらない。
仮にそうなれば、米メディアから以前の合意と似たものになったと批判され、戦争の大義名分がこれまで以上に問われることになる。このような状態で中間選挙に突入すれば、共和党に打撃になることが予想される。
そこで、2003年のリビア大量破壊兵器破棄の合意に基づいて、リビアのウラン濃縮遠心分離機などの核開発関連部品が、米政府によって回収され、南部テネシー州オークリッジにあるエネルギー省の施設に移送・保管されたように、トランプは中間選挙に向けて有権者に目に見える形の成果が欲しいのだ。イランの濃縮ウランの搬出は、オバマとの相違を明確にし、有権者に強くアピールできるのだ。
しかし、米国の交渉スタイルは「アメフト型」――徐々に陣地を拡大する。サアダトは、米国に一つでも譲歩してしまうと、彼らは少しずつ切り崩してくると警告していた。
