2026年8月13日(木)

台湾「麗しの島」の実像

2026年8月13日

ローカライズと日本品質の両立
モスフードサービス

 台湾の街を歩くと、日本で見慣れた看板に何度も出会う。その中でもひときわ目を引いたのが、モスバーガーだ。日本では緑色の看板が主流だが、台湾では縁起が良いとされる赤色が変わらず使われている。1991年の進出以来、約300店舗にまで拡大しており、台湾滞在中、モスバーガーを見ない日はなかった。

 台湾での運営を担うのは、モスフードサービスと台湾の大手電機メーカー・東元電機による合弁会社「安心食品服務」。モスの創業者・櫻田慧氏は当初、ハンバーガーの本場・米国進出を夢見ていたが、85年に東元電機の黄茂雄氏と出会ったことが転機となり、台湾進出を決めた。その背景について、モスフードサービス取締役で国際本部長の平林篤氏はこう振り返る。

左からモスバーガーの小林豊氏と平林篤氏。大崎の本社ビルにて(WEDGE)

 「創業者は何より信頼を大切にしていた。黄氏が慶應義塾大学出身で日本文化への理解が深かったために、良好な関係を築けたことが出発点でした」

 当時は台湾で日本ブランドが今ほど浸透しておらず、まずは「モスバーガー」という存在を知ってもらう必要があった。黄氏の人脈を生かした好立地への出店に加え、記者発表を積極的に実施。駅構内のワゴン販売なども展開し、顧客との接点を増やしていった。

 その一方で、台湾の食文化への対応も進めた。代表例が「ライスバーガー」だ。米食文化が根付く台湾で人気を集め、「今ではモスといえばライスバーガーといわれるほどになりました」(平林氏)。

 もっとも、日本の商品をそのまま持ち込んだわけではない。台湾ではライスバーガーのバンズに大麦を混ぜるなど独自の工夫も施されている。朝食メニューにはベーグルサンドといった多彩な商品が並ぶ。

小誌取材班が台湾のモスで朝食として食べたライスバーガー(奥)とベーグルサンド(手前)(WEDGE)

 実際に台北市内の店舗を訪れると、レジ前には菓子や飲料などの物販コーナーが広がる。贈り物文化のある台湾らしい光景だ。小誌記者が店内を見回していると、スタッフの方が日本語版のメニューを差し出してくれた。

 こうした接客は偶然ではない。国際部グループリーダーの小林豊氏は「台北市には現地スタッフ向けの研修センターがあります。講師は台湾人ですが、日本のモスでサービスを学び、その精神を現地で継承しています」とその背景を語る。

 さらに、品質管理においてもメイン食材の製造工場を日本法人が設立、運営することで日本基準の安心、安全を提供しているという。

 台湾の生活様式や食文化に合わせて変えるべきものは変える。一方で、接客や品質といった日本らしさは守り続ける。その両立こそが、モスバーガーが台湾で「国民食」と呼ばれる存在になった理由なのだ。

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Wedge 2026年8月号より
台湾「麗しの島」の実像 日台新時代を拓く「3つの視座」
台湾「麗しの島」の実像 日台新時代を拓く「3つの視座」

かつてポルトガル人が「フォルモサ(麗しの島)」と呼んだ台湾。半導体産業で世界の最先端技術をリードし、日本統治時代の記憶も、歴史の一部として内包している。一方で、現在は米中対立の最前線に立たされ、難しい現実に直面している。国際社会で複雑な立場にある台湾とともに、日台新時代をどう拓くのか─。「3つの視座」から考えたい。


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