ローカライズと日本品質の両立
モスフードサービス
台湾の街を歩くと、日本で見慣れた看板に何度も出会う。その中でもひときわ目を引いたのが、モスバーガーだ。日本では緑色の看板が主流だが、台湾では縁起が良いとされる赤色が変わらず使われている。1991年の進出以来、約300店舗にまで拡大しており、台湾滞在中、モスバーガーを見ない日はなかった。
台湾での運営を担うのは、モスフードサービスと台湾の大手電機メーカー・東元電機による合弁会社「安心食品服務」。モスの創業者・櫻田慧氏は当初、ハンバーガーの本場・米国進出を夢見ていたが、85年に東元電機の黄茂雄氏と出会ったことが転機となり、台湾進出を決めた。その背景について、モスフードサービス取締役で国際本部長の平林篤氏はこう振り返る。
「創業者は何より信頼を大切にしていた。黄氏が慶應義塾大学出身で日本文化への理解が深かったために、良好な関係を築けたことが出発点でした」
当時は台湾で日本ブランドが今ほど浸透しておらず、まずは「モスバーガー」という存在を知ってもらう必要があった。黄氏の人脈を生かした好立地への出店に加え、記者発表を積極的に実施。駅構内のワゴン販売なども展開し、顧客との接点を増やしていった。
その一方で、台湾の食文化への対応も進めた。代表例が「ライスバーガー」だ。米食文化が根付く台湾で人気を集め、「今ではモスといえばライスバーガーといわれるほどになりました」(平林氏)。
もっとも、日本の商品をそのまま持ち込んだわけではない。台湾ではライスバーガーのバンズに大麦を混ぜるなど独自の工夫も施されている。朝食メニューにはベーグルサンドといった多彩な商品が並ぶ。
実際に台北市内の店舗を訪れると、レジ前には菓子や飲料などの物販コーナーが広がる。贈り物文化のある台湾らしい光景だ。小誌記者が店内を見回していると、スタッフの方が日本語版のメニューを差し出してくれた。
こうした接客は偶然ではない。国際部グループリーダーの小林豊氏は「台北市には現地スタッフ向けの研修センターがあります。講師は台湾人ですが、日本のモスでサービスを学び、その精神を現地で継承しています」とその背景を語る。
さらに、品質管理においてもメイン食材の製造工場を日本法人が設立、運営することで日本基準の安心、安全を提供しているという。
台湾の生活様式や食文化に合わせて変えるべきものは変える。一方で、接客や品質といった日本らしさは守り続ける。その両立こそが、モスバーガーが台湾で「国民食」と呼ばれる存在になった理由なのだ。
