そして、習近平時代になって中国はより高い地位を求めるようになった。習近平国家副主席(当時)は12年2月に訪米し、米中関係を「21世紀の新型大国関係」にしようと呼びかけた。翌13年6月、国家主席として再び訪米し、「不衝突・不対抗、相互尊重、協力共贏」を柱とする新型大国関係を正面から打ち出している。同年10月の周辺外交工作座談会では「より一層奮発有為に」と号令をかけ、鄧小平の外交方針である「韜光養晦(能力を隠して時を待つ)」はこの時点で変更されたと見ていい。
米国は結局、この誘いに乗らなかった。オバマ政権は一時応じる姿勢も見せたが、南シナ海での人工島造成をめぐって関係は冷え込んだ。第一次トランプ政権下の17年12月の国家安全保障戦略で、米国は中国を「戦略的競争相手」と位置づけ、現在にいたる米中のつばぜりあいが始まることとなる。
第二次トランプ政権で大きく変化
この流れが再び変わろうとしている。空気を変えたのはトランプ大統領自身だ。第二次トランプ政権成立直後は関税戦争で激しくやりあったものの、その後の関係改善が模索される25年10月、韓国・釜山での首脳会談の直前、トランプ大統領はソーシャルメディアに「G2がまもなく開催される!」と投稿した。同盟国の頭越しに米中で物事を決める印象を与えるとして、米政府が長く避けてきた言葉だ。
09年に温家宝が退けたG2を、中国は今回、拒まなかった。中国外交部報道官は「大国としての責任を共に担うことができる」と応じている。
そして26年5月のトランプ大統領の訪中では「建設的戦略安定関係」が合意された。今回、習近平国家主席の訪米で「尊重、公平、対等に基づく建設的戦略安定関係」へとたどりついた。12年に提唱された新型大国関係が14年の時を経てついに米中間で合意されたかに見える。
では、中国は最後の一押しをどうやって手に入れたのか。
「米国の血」への回答
「米中は世界反ファシズム戦争をともに戦った盟友である」
これはもともと中国自身が掲げてきた物語だ。
15年の抗日戦争勝利70周年の閲兵式で、習近平は中国が「世界反ファシズム戦争の東方主戦場」だったと強調した。日本から見れば「抗日」の式典だが、中国が打ち出したかったのは、日独伊のファシズム陣営に米欧ソ中が立ち向かった世界大戦の一部として日中戦争を位置づけ、米中は肩を並べて戦った戦友だと示すことだった。南シナ海の人工島造成で悪化していた対米関係を修復する狙いがあった。
ところが25年、この物語は後ろに下がる。9月の抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年の閲兵式では、習近平の両脇にプーチン大統領と金正恩総書記が並んだ。
これにかみついたのがトランプ大統領だ。ソーシャルメディアに「大きな問題は、習主席が、非常に非友好的な外国の侵略者から中国が自由を勝ち取るために米国が与えた膨大な支援と『血』に言及するかどうかだ」と投稿し、「米国に対して陰謀を企てているプーチン、金正恩によろしく」と皮肉った。中国の戦勝物語から米国が消えたことへの不満である。
