それから観光客はまず行かないようなところへ足を踏み入れるということ。普通じゃできないような経験ができるのもフィールドワークの醍醐味ですね。
そんな中で、発達した文明だけでない、それ以外の人類のあり方というものも感じてきた。人間の生き方は、じつに多様です。
同時に人間って、環境によって相当変わりえるものという実感もあります。いまはモノに溢れた世界が当たり前になっているけど、三万年前に生まれたら、三万年前の世界のスタイルに満足して人生を送れるんじゃないか。逆に、三万年前の祖先がもし現代に生まれれば、現代人として立派に生活したと思うんですよ。
──次代の研究者たちへ、いま伝えたいことはなんでしょうか。
海部氏:ぼくは大学生に教える機会もあるのですが、ひとつのことをもっと深く考えてほしいですね。たとえば、ある事象を説明したらあっさり納得してしまうとか、それに対してほとんど疑問を抱かないというのは損だと思うんです。教授が言うことに対し「そこはちょっと違うんじゃないの」という突っ込みがもっとあっていい。自分の頭で考える、という習慣ができていると、もっと未来が開けると思う。
疑問をもつ、小さなことにこだわる、ネチネチとしつこく考える……。それは研究にとって、基本的なことで、かつとても重要なことなんです。その繰り返しのその先に、素晴らしい発見があるかもしれないのです。
ぼくは人類学を選んで、当初思っていた以上に面白いことを探れてきているという実感があります。自分のミッションとして、やり遂げたいことはまだいくつもありますね。たとえば過去200万年間のアジアの人類史。『人類がたどってきた道』では世界の話を紹介していますが、次はアジアにフォーカスして、ホモ・サピエンスがアジアにどのように現れ、どうやって広がっていったのか、どうしていまのぼくらになったのか……と明らかにしていきたい。
人類学は、未来を考えるための材料を提供する立場にあると思っている。これからの私たちの行く末をどうしていくのか、皆が考えるときに役立つ、有効で的確な情報を、人類学の研究を通じて提供していきたいんです。
──とても貴重なお話をありがとうございました。
海部陽介(かいふ・ようすけ)
国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻進化多様性生物学大講座・准教授。理学博士。化石の形態解析とフィールドワークを通じ、アジアにおける人類の進化、拡散史の解明に取り組む。著書に『人類がたどってきた道』(NHKブックス)、共著に『人類大移動』(朝日新聞出版社)、『絵でわかる人類の進化』(講談社)などがある。第9回(平成24年度)日本学術振興会賞受賞。
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